約 2,287,720 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2540.html
翌日。 例によって体よく休日のみ体感できる究極の怠惰を満喫していた俺だったが、予想通り夕方になって「NO NAME」なる人物から電話がかかってきた。 何も知らず、いきなり「NO NAME」という人物から電話がかかってきたら俺は恐怖しちまうだろうな。 なんせ、そんな名前で電話番号を登録している知り合いは一切いないのだから。 『・・・話は聞いていると思う。7時15分に、長門有希が住んでいるマンションの入り口に来てくれ。以上だ』 誰だったのか、なんで長門の家の前だったのかとかはまあいい。ということでとにかく自転車をころがして急行した俺だったが、指定時間より幾分早く到着してしまった。 ま、既に古泉と長門は居たので良かったが。オフクロに外で食べる、とか言っちまった所為で腹が減った・・・ 「同じく。準備すらしていない」 「僕もです。ことが済んだらどこかに食べに行きましょう。奢りますよ」 ありがたいね副団長。 「ともかく、あと5分程度時間があります。電車でも見て時間を潰しますか?」 生憎俺は電車を見て時間を潰すような技を会得していない。 そういや長門、私服なんだな。 「?休日だし」 ・・・そうだよな。まぁ、私服というか部屋着のようで、某有名メーカー製のジャージの上下を着ていた。中々似合ってるぞ。 「・・・ありがと」 ぽっ、と頬に朱を入れる長門。何かが俺のハートを貫き通さんとしていたが、俺は必死にそれを跳ね除ける。 ・・・しかし、萌えますね。 「・・・僕には萌」 「黙れ」 「やれやれ」 「確かに良い男なのかもしれん。だがな、俺にそんなことをアピールされても困る」 「アピールはしてませんよ。主張はしていますが」 同じことだろうが。 ともかく黙れ。 「・・・」 ジャージの長門はそのビー球みたいに澄んだ目を、駅に繋がる道のほうへ向けている。 「何か来るのか?」 「・・・というより、来た」 ・・・ああ、来たな。 笑顔が似合うロングヘアの天使だ。 まだかなり距離があると言うのに、こちらに気がついた鶴屋さんはぶんぶんと千切れんばかりの勢いで手を振りながら全速力で走ってくる。 なにやら紙袋を持って。 「やっほー!キョン君、ゆきんこ、古泉君!!元気してたかい?」 あなたに会ったらどんな病人だって一瞬にして元気になっちまいますよ。 俺たちの前にくるなり、ぴょん、と飛び跳ねた鶴屋さんは 「ほっほー。それはあたしを口説いてるのかいっ?ははぁ、君もなかなかやるなぁ!」 ぽりぽりと頭をかきながら大笑いする。 ハルヒもこういう風な性格だったら完璧だったんだけどなぁ。 「それよりっ!これ、なんかしらないんだけど、君達に持っていけって言われたからもって来たよっ!」 なんだか知らないけれど・・・って、あなた爆弾だったらどうするんですか。 「大丈夫!金属探知機かけてあるから!」 ・・・そうですか。 「なら、安心です。僕が受け取りましょう」 ほいさっ、と鶴屋さんは古泉に紙袋を渡し 「じゃ、あたしは用事があるから帰るにょろ!まったね~!」 そういい残して鶴屋さんはもと来た道をステップまじりの競歩という妙な歩き方で帰っていった。 ある意味ハルヒ以上に騒がしい人だよな。あの人。 魅力的だぜ。 「・・・」 「それより、この紙袋ですが・・・」 と長門の三点リーダーを押しのけるように、古泉が紙袋を掲げる。 「結構重いです」 神戸風●堂の紙袋だな。ゴーフルでも入ってるのか? 「入っていたら入っていたで嬉しいんですが、それはないでしょうね。 だな。あの人のことだ。 例の謎の棒だったりしたら、それはそれで面白いんだが、重さ的にそれはないだろうな。 「・・・さ、ファミレスかどこかにいきましょうか?詮索は後回しです。お腹がすきました」 「そうだな。近くのサイゼリ●か何処かで良いだろうが・・・」 「うちにくる?」 俺の背後の小さい陰がぼそりとつぶやいた。 「いいのか、二人で押しかけて」 「昨日のカレーがまだ残っている。早く処分したい」 春だからそんなに日持ちもしないし、と付け加えた。 「どうします?僕は大賛成ですが」 「ああ、俺も大賛成だ」 そして俺は再び長門家にお邪魔することとなる・・・ 「クリスマスに訪れたきりだったのですが、この変わりようは・・・すごいですね」 と通されたリビングで、辺りを見回しつつアイスコーヒーを飲みながらつぶやいた古泉。ちょっとしたスペクタクルですね、とでも言うかと思ったが、そこまで達していなかったか? 「まぁ、ある程度は予想していましたしね」 グラスのしずくを指でなぞりとりつつ、古泉は 「正直、あれほど長門さんが変容してしまうとは思っていませんでした。人格ごと変わってしまったといっても過言ではありませんよ」 「嫌か?」 「いえいえ、僕は以前より意思疎通がしやすくなった上、社交的になった今の長門さんのほうがいいかな、と思っています。ただ、・・・この長門さんがずっとこのままである、 という保障は何処にも無いという事を、一応頭の片隅にでもおいといた方が良いかもしれません」 とスマイル古泉。 どういうこったいそれは。 無意味ニヤケに若干皮肉の色を滲ませて 「人は変容の動物です。いつ何時どう変化するかは判りませんよ?」 「それは宇宙人にも適用できると思うのか?」 「・・・さあ。ただ、僕はですね―――」 「ごめん!野菜が無い!サラダは出せないけどいい?」 ビクッと俺とスマイル青年の肩が揺れた。 ・・・大丈夫だ。例によって台所の影からだ。まあ、ハルヒなんかよりよっぽど神様らしい彼女には聞こえていたかも知れんが。 「別にいいよな?古泉」 「ええ。むしろ僕は温野菜派でして」 とよくわからんことをほざきやがったがまあ良い。 「別にいいぞ!こっちはお邪魔してる身だ、お前の思う通りにやってくれ!」 「わかった!」 と長門は台所の影から返答した。 「・・・まあ、何れ。今はまだ早すぎます。何をするにしても。ひとまず目の前の懸案事項を片付けましょう」 一応同調しておくかな。 「あれ?昨日と味が違わないか?長門」 「おやおや、昨日もお邪魔していたんですか。貴方も隅に置けませんねぇ」 黙れホモ。 「昨日、ちょっと煮込みすぎて濃くなってしまった。水とカレー粉とガラムマサラと若干のおからを足した。そしたら・・・味が変化した上昨日と同じ量になってしまった」 ドジッ子ながもん。いや、それくらいのヘマは誰だってしそうだ。 「そう?」 「だと思いますよ。・・・しかし、美味しいですね。長門さんのカレーは」 「そう。ありがとう。今度はスープカリーに挑戦してみようと思う」 ・・・お前、もしかして毎晩カレーとかいわないよな? 「それはない。ちゃんとハヤシライスやビーフシチューも作る」 似たようなもんだろ。肉じゃがは作れるとか言ってたが、それも極論をいうとビーフシチューの延長線上のものだ。 「・・・!私の料理のレパートリーが少ないと?」 むすっとする長門。目を見る限り本気で怒ってはいないな。 「・・・わかった。こんど来た時に、あなたが『ユキ様、一生付き従わせていただきます!』と土下座するような料理を作る」 おいおい・・・古泉は笑うな。 「長門さんの手料理フルコースっていうのも食べてみたいですね」 「・・・がんばる」 なんだか長門の雰囲気が一瞬、新妻のそれになったのを俺は見逃さなかった。 良いお嫁さんになるぜ。こいつは。 俺が保障してやる。 ・・・それにしても長門、食べるの早いな。 「・・・」 何か俺はいけないことを言ってしまったのか。 長門が睨んで来た。 「・・・冗談だよ」 「・・・そう」 こいつにも何かメンタリティというものがあるんだろうか。 「・・・だって私、女の子だもん」 ぼそっとつぶやいた。 そうだよな。 「・・・それより。そろそろ本題に入ろうと思う。キョン、さっきの紙袋かして」 早食い女王長門は、まだカレーを食ってる途中の俺がよこした重めの紙袋を受け取り、中身を取り出・・・ 「どうした長門」 「・・・」 長門、顔が赤いぞ。 「・・・これ」 と長門が引っ張り上げた、紙袋の中身。うん?ハルヒと書かれた透明なビニールぶk・・・ ・・・ ・・・ ・・・・・・ 三点リーダーが支配する世界に、リビングは瞬時に変化した。 「・・・こ・・・こ・・・れは・・・」 「・・・下着」 見りゃ判る。女モノの下着だ。ご丁寧にブラジャーとパンツがセットになって入ってやがる。 おまけに、数セット入っていやがる。 「・・・まだある」 赤面長門はさらに紙袋からビニール袋を取り出す。また下着のセットだ。袋には「みくる」と書かれてある。 赤面しつつもそれらを引っ張り出した長門はまだ紙袋を覗き込んでいた。 まだ何か入ってるのか? 「・・・手紙が底に貼り付けてある」 べりっ、と音を立てて破き、開く。 「・・・『ハルヒと書かれたビニール袋には、涼宮ハルヒの下着(使用済み)が、 みくると書かれたビニール袋には、朝比奈みくるの下着(使用済み)が入っています。 キーワードは『匂い」です。 これをどうにかすることで涼門みるひは分裂、元の二人に戻ります。 下着自体は大きな声でいえないような方法を使用して調達しました。 他言無用です。ご健闘をお祈りします』・・・・・・・・・・・・・・」 おいおい破くな長門! 「・・・皆大きい」 「何が」 「・・・胸」 そんぐらい情報操作とやらで大きくすれば良いだろう。 「・・・自身の身体情報にかかわる操作は、認められていない・・・グスッ」 泣くな、泣くな長門。 「おっぱいのおっきいやちっさいで人は判断されないぞ!落ち着け! おっぱいで人を判断するのは良くないことですよ~って言うじゃないか!」 「・・・でも、貴方は巨乳好き」 そういうわけじゃない!って古泉までなんで落ち込むんだ! 「・・・って言うのは冗談」 ・・・ガクッ、と首を思い切りもたげた俺。 っていうかあんまり冗談に見えないような顔だけどな。実際なんか目から出てるし。 「・・・目から汁」 そうかい。 「ともかく、何故これが我々に渡されたんでしょうね?」 とホ泉、違った古泉。 キーワードは匂い、って何だ? 「嗅いでみる?」 「俺は警察犬でも麻薬探知犬でも災害救助犬でもまさお君でもない」 「・・・ひとまず、嗅いでみて」 ・・・長門、お前これの匂いを俺が嗅ぐってのがどういう行為か、判るよな? はたから見れば変態だぞ? いやはたから見なくても変態だぞ? 「あなたがえっちなのは今に始まったことじゃない」 ・・・はぁ。 判ってる。俺はエッチ魔人だよ。 思いっきり嗅いでやる。過呼吸になるまで吸い込んでやるぞ。 というわけで俺は自分の頬をぱんと叩いて己を奮い立たせ、まずは「みくる」と書かれたビニール袋の攻略から着手することにした。 「・・・」 という長門の熱くてなんか痛い視線を一身に浴びつつ、袋を開いて・・・ おっと、これはなんだ。これ・・・ほのかな香水の匂いか? 俺は意を決し、その下着の詰め込まれたビニール袋の中に頭を突っ込む。 ・・・ ・・・・・・俺・・・あれ?・・・ここ・・・天国・・・ ・・・ハローこちらテンゴク・・・あれ・・・意識が・・・ ・・・ハッ! 「キョン・・・変態・・・最低」 長門にこんなことを言われる日が来るとはね。 でもな、お前が嗅げって言ったんじゃないか。 「・・・もう一つ」 ほれみろ。また嗅ぐのか俺が。 「・・・あなた意外に適任者は居ない」 「古泉は?」 「・・・彼はあなたのようなノンケではない」 ・・・。 まあいい。 そもそも嗅ぐという行為にどういう意味合いがあるのかは不明だが、ひとまず「ハルヒ」と書かれた袋の攻略を開始することにした。 先ほどよりさらに熱く鋭く痛くなった長門光線を浴びつつ、袋を開いて・・・?はて。何も匂って来ないな。 これは顔を突っ込むべきか突っ込まざるべきか・・・ まあ長門がやれといってるんだ、やるべきだろう。 ハルヒ、怒るなよ? 俺はハルヒの下着の山に顔をうずめた。 ・・・? これは・・・かすかな石鹸の匂いと、あとなんだろう・・・甘い匂い? あいつは香水なんかつけてないから、これは・・・肌の匂いだろうか。 ・・・なるほど。これは女の子の匂いだ。 うん、多分そうだろう。 しかしまあ、なんと心地よい・・・あのハルヒからは想像できない匂いだな。 正直このまま埋もれてしまいたかったが、長門光線が殺人光線に変わりつつあることを俺の背中が察知し、ほぼ反射的に俺は起き上がった。 「・・・」 長門の視線が痛い。っていうかいつの間にお前俺の隣に居るんだ。 「・・・今」 ・・・そうですか。 って長門さん、何をされているんですか。いきなりジャージを脱ぎだして・・・インナーのシャツをたくし上げ、 ブラがあらわになり、長門は俺の顔をそれに押し付・・・ 「・・・長門?」 「・・・貴方は二人の匂いを嗅いだ。だから、私の匂いも嗅がないとおかしい」 なにがおかしいんだ。 「・・・色々」 「やれやれ、あなたも隅に置けませんね」 ああ、俺も今実感したぜ。 長門の匂い。石鹸の匂いと、なにやら甘酸っぱい匂い。そして他の二人のと違うのは、体温があるという事。 長門、ありがとう。俺今最高に幸せだ。 「・・・えっち」 ああ、おれはえっちだとも。変態だとも。それでいいんだ。ありのままの自分をさらけ出すことこそ、この成熟された人間同士の社会の到達点なんだ。 「・・・何を言っている」 俺の眼前1センチのところにある長門の朱に染まった肌とブラジャー。・・・Aカップか? お、フロントホック。外して良い? ・・・直後、俺の後頭部を打撃が見舞い、景色は暗転する・・・ ―――キョン―――キョン? ―――――キョン キョン―― 「このまま寝ていると僕が後ろの穴をいただきますよ」 「ア●ルだけは!ア●ルだけはぁっ!!!・・・って」 ・・・ここはどこだ? うん、布団・・・いやこれは長門の家のコタツ布団だ。 ということは俺は長門の家に居るらしい。 「・・・長門?」 心配そうな顔で長門が俺の顔を覗き込んでくる。 ・・・ああそうか、俺は気を失ってたのか。 「・・・どれくらい失神してた?」 「5分程度。・・・ごめんなさい。まさか気を失ってしまうとは」 「何、お前の肌のぬくもりと良い匂いで気を失ったようなもんだよ」 とか言ってみると、長門はみるみる肌を赤く染め、ついでに俺から視線をそらし、俯き加減の顔とともに視線をクッションにうずめた。 可愛いなぁもう。 「・・・それより」 クッションに顔を埋めながら長門は 「・・・ひとまず私はこう考える」 「何をだ?」 「・・・彼女が下着をよこした理由」 まあ俺がもっと幸せになるように、ってよこしたわけじゃあるまいしな。 「これを彼女に見せるか匂いを嗅がせることで、元に戻る可能性がある」 「どういうことだ?」 長門は未だに頬を朱に染めながら 「人間の感覚器官は5つ・・・”カン”も含めるなら6つだけど・・・存在する。けれど、一番負う所が大きいのは、主に視覚と嗅覚。 特に嗅覚については、他の動物ほど優れていないとは言っても無意識に匂いを追い求めることが出来る。だから・・・」 「どうするんだ?」 長門は一瞬考え込んだようなそぶりを見せる。 「・・・みるひの鼻先に二人のパンツでも突きつけるのが望ましい」 ・・・仮に分離したとしても後が怖そうだ。 「やってみる?」 「やるしかねぇだろう」 他に手段が見つからないんだしな。 「さて、僕はそろそろ帰ります。涼宮さんがいないので閉鎖空間も発生しませんし、 今日も良く寝れそうです。あ、長門さん、カレーご馳走様でした。美味しかったです。それじゃあ」 と言ってガチホモ古泉は出て行った。精々英気を養っておいてくれ。 お前に突撃させるかもしれないしな。 というわけで例によってまた俺と長門がこの空間に残されたわけだが・・・ それはそうと長門。 「何?」 まだ赤いな。 「そ・・・そんなこと」 そんなことあるぞ。 「まあそれよりだ。休み明けみるひの眼前にパンツを突きつけることになるんだろうが、勝算はあるか? 正直昨日みたいに『よくわからん謎の力』で押さえつけられそうな気もするんだが」 「大丈夫。昨日のは準備が足りなかった。ビジュアルステルスフィールドを使用して接近し、突きつける予定。 いざとなったら周囲の時間を凍結する。だから大丈夫、安心して」 まるで子供をあやすような表情で俺に語りかけてきた。 まぁ長門がそういうんだから大丈夫なんだろう。 「・・・でもな、失敗してもまた腰は抜かすなよ?」 「・・・ああ、あれは、その・・・」 急にもじもじし出す。俺もそろそろ長門の弄り方が判ってきたぜ。 「そういやお前って何か積極的だよな」 「そ、そう?」 「いきなり脱ぎ出して胸に俺の頭押し付けるなんて、多分ハルヒでもしないぜ?」 「あ、あ、あ、そ・・・その・・・わ・・・忘れて?」 「嫌だと言ったら?」 「・・・『君がッ!泣くまでッ!殴るのをッ!止めないッ!』」 わかった、わかったから。 長門に殴られたんじゃ死んじまう。 「・・・冗談」 ふふっと長門は笑い、俺の胸に頭を埋めてきた。 長門らしくない、不確かで、しかしながら心地よい余韻を持たせた言葉を紡ぎながら。 「・・・私は、一線を越えてしまうことは出来ない。だけど、あなたとこうしてじゃれ合う事は出来る。・・・だから、お願い。 今の私を受け入れて。あくまで二人目、三人目・・・としての」 「・・・としての?」 一瞬間を置いて長門ははっとして俺の胸から顔を上げ、さらに顔を赤らめ、 首を飛ばさんばかりにぶんぶんと首を横に振り、 俺の目を見てさらに顔を赤らめ・・・ 朝比奈さんみたいだな。 「落ち着け、長門」 俺自身も長門のスタンスは良く判っているつもりだ。 観測者としての長門。俺同様ハルヒの添え物としての団員にして、決してハルヒより前に出てはならない”存在”。 だが、鈍感な俺もうすうす感じている。 こいつは俺に、一種の恋愛感・・・いや、長門に限ってそれはない・・・か? まあ仮にそうだったとしても、第一俺に長門に対する恋愛感情はないし、それにハルヒ・・・ いやいや、何であんな迷惑の顕在化みたいな女が出てくるんだ。やばいぞ俺。 ともかくだ。 これだけは言えるぜ。 「長門、今のお前すんごい可愛かったぞ」 長門は鼻血を噴出してぶっ倒れた。 前 次
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2670.html
―同日、同時刻― どうも、みなさん。古泉一樹です。 僕は今、自分の家でくつろいでいるところです。 日曜日の朝、天気もいいですし、今日は楽しい一日になりそうだ。 これからの時間を思うと胸が高鳴ってきます。 ピンポーン! おや、少し早いようですが、どうやら来たようですね。 『涼宮ハルヒの交流』 ―エピローグおまけ 古泉一樹の場合― 「ちょっと早かったね。おはよう、みーちゃん(※朝比奈みくるのこと)」 「あなたに早く会いたかったの。おはよう、いっちゃん(※古泉一樹のこと)」 「嬉しいよ。とりあえず上がって」 「はぁい、お邪魔しまぁす」 とりあえず家に入ったみーちゃんと、テレビの前のソファーに腰掛ける。 「今日いい天気で良かったね。家にずっといるのはもったいないかも」 「そうだね。じゃあ朝はのんびりして、昼くらいから出かけよっか?」 「うん。私もそれでいいよ。とりあえずお茶でも煎れてくるね」 「ありがとう。みーちゃんのお茶はおいしいからね」 みーちゃんの煎れてくれたお茶を二人で飲む。 「いっちゃんはいつもおいしそうに飲んでくれるからとても嬉しいの」 「みーちゃんのお茶がおいしいのさ。ホントは部室でもそうしたいけど、ばれちゃうからね」 「うふふ、しょうがないよね」 なんてイチャイチャしながら過ごす日曜の朝は幸せだなぁ。 プルルルルル…… 「あれ?いっちゃん、電話鳴ってるよ」 電話?……まったく、誰からでしょう。 ディスプレイを覗いてみると、そこには『涼宮ハルヒの犬(※キョンのこと)』の文字が。 ちっ。……あいつかよ。 プルルルルル…… プルルルルル…… 「キョンくんから?あれ?出ないの?」 「いや、出るよ」 まったく……仕方ないですね。 「……もしもし、どうかしましたか?」 『都合悪いのか?ならやめとくが』 おっと、声に出てしまいましたか。 「結構ですよ。それよりご用件は?」 『ああ、すまんな。今ハルヒがどのあたりにいるかわかるか?』 ええっと、どうだったかな?適当でいいか。 「先ほど家を出たようですから、……あなたの家まであと3分といったところでしょうか?」 『今向こうのハルヒが俺のところに来ていて困ってるんだ。なんとか長門の家まで運べないか? なんか帰りたくないってわがまま言ってて困ってんだ』 まったく、そのくらい自分でなんとかしてほしいですよ。 「……それは困りましたね。5分もあればそちらにタクシーを寄越せますけど」『くそっ、無理だ。他に何か――』 そう、無理です。自分でなんとかしてください。 『……どうやらもうハルヒが来ちまったようだ。お前3分って言わなかったか?まぁいい。これからどうす――』 ああ、もうめんどくさいですね。 「ご武運を」 プツッ。 「キョンくんは何て?」 「向こうの涼宮さんが来て困ってるってさ」 「うふふ、キョンくんは少しくらい困ってる方がいいよね」 「やっぱりみーちゃんもそう思う?」 はははっ、と二人で笑い会う。 「放っておいていいの?」 まぁ確かにこっちの涼宮さんにばれてしまうと良くはないんですけどね。 「まぁなんとかするんじゃないかな?」 「そうね。私達二人ともオフなのは久しぶりだし、キョンくんなんかどうでもいいよね」 「ははっ、そうだよね」 そうこうしていると、また電話の呼び出し音が鳴る。 ディスプレイにはやはり『涼宮ハルヒの犬』の文字が。 やれやれ、しょうがないですね。……めんどうだから無視しようかな。 ふと、みーちゃんの方に目をやってみる。 「出てあげてもいいよ」 そう言われちゃしょうがないですね。 「……もしもし、どうにかなりそうですか?」 『説明は面倒だ。時間がない。とりあえず家にタクシーを頼む。5分あればなんとかなるんだろ?頼む』 「わかりました。すぐに新川さんを向かわせます」 『サンキュー、よろし――』 プツッ。 「だいじょうぶみたい?」 「うん、タクシーを向かわせればオッケーってさ」 「良かったぁ。いっちゃんが呼び出されたらどうしようかと思ってた」 「もちろんそのときは無視するよ」 再び二人で、はははっ、と笑い合う。 そんなある晴れた日のこと。 ◇◇◇◇◇ ―同日、同時刻― 今日は日曜日。朝からとても天気がいい。 普通の場合こんな日には外に遊びに出たくなる。私でも。 一人でぶらぶらと公園などを歩く。その後、図書館に行き、本を借りる。それを再び公園で読む。 そんなふうに過ごす日曜日は幸せ。 しかし、今日は約束がある。遊びに出るのはそれからでも十分。むしろ二人で行くのもいい。 とりあえず来客があるまで私は家で待機する。ちなみに私は長門有希。 『涼宮ハルヒの交流』 ―エピローグおまけ 長門有希の場合― とりあえず彼女が来る前に部屋の片付けや、掃除をしておかないといけない。 力を使えば簡単。でも自分でちゃんとやった方が気持ちいいと彼女に教わった。 実際にやってみるとそうだった。だから私は時間があるときはきちんと手で行うことにしている。 あらかた片付けが終わった後、私は座って携帯電話を手に取る。 電話を掛けるのか?否、私から掛けるのではない。もうすぐ掛かってくる。そう、彼から。 本当は私の方から掛けたい。彼に掛けたい。ああ、エラーが生じてしまった。修正。 最近彼は涼宮ハルヒと遊んでばかり。俗に言うイチャイチャ。悔しい。 涼宮ハルヒがうらやましい。うらやましい。エラーが発生。修正。 その瞬間、電話が鳴った。正確には音は鳴っていない。鳴る前にとった。早く彼の声が聞きたいから。 「何?」 彼は驚いているだろう。こんな様子を想像するのは楽しい。こんなことができるのも私の力。 涼宮ハルヒは私の力のことを知らない。だから私のこんな遊びも知らない。二人の秘密。 ふふっ、楽しい。エラー。修正。 『あ、いや、今俺のところに異世界のハルヒがいきなり遊びに来たんだが、俺はハルヒと約束があるんだ。 で、この異世界ハルヒがお前と遊びたいみたいなこと言ってるんだが、どうだ?』 涼宮ハルヒと遊ぶ約束。悔しい、私と遊んで欲しい。でも言えない。またエラー。修正。 「いい」 『迷惑ならそう言えばいいんだぞ。お前もせっかくの休日だろ?いいのか?』 彼が心配してくれている。彼は私にとても優しい。彼の気遣いは嬉しい。 「問題ない」 『……わかった。ありがとよ。じゃあもう少ししたらここを出ると思う。よろしくな』 「だいじょうぶ。……私も楽しみ」 『そっか、ならいい。じゃあまたな』 「また」 プツッ。 彼との電話が終わってしまった。もっと長く話せない自分が悲しい。またエラーが。修正。 そうだ、彼女が来る準備をしなければ。 とりあえずお湯を沸かしてお茶の準備をする。時間的にはちょうどいいはず。 ピンポーン! 準備が完了するとほぼ同時にインターホンがなる。「有希ー、あたしよー。来たわー」 もう一人の涼宮ハルヒが到着したようだ。オートロックを解除する。 彼女が上に来るまでの時間を使って、湯のみを準備してお茶を煎れる。 ピンポーン! お茶を机に運んでいると玄関のインターホンがなる。 「おはよう、有希。入るわね」 彼女は勝手に入ってくる。いつもそう。別に悪い気はしない。 「おはよう」 「あら、お茶煎れてくれてたのね。いつもありがとう」 そう言って彼女はお茶に手をつける。 「うん、おいしいわ。みくるちゃんのもいいけど、有希のもちょっと違っていいわね」 「そう」 私もお茶に口をつける。おそらくそれなりにおいしいはず。 お茶を飲み終わると彼女が話しかけてくる。 「で、あんな感じで良かった?」 「良かった。彼の様子を見ているのは楽しかった」 実は先ほどからの彼の様子を、私の力を使って全て見ていた。 そのため、彼女が突然彼の家におしかけたのも知っていた。 いや、知っていたのは違う理由。 「有希の言った通りにおしかけてみたけど、あいつホントに焦ってたわ」 心から愉快そうな顔で彼女は言う。 そう。今日彼が涼宮ハルヒと会う約束があるのを知っていて、あえてこの涼宮ハルヒをけしかけたのは私。 「計画通り」 そう言って私も少しだけニヤリと笑う。 涼宮ハルヒにとられた彼に、この涼宮ハルヒと一緒になってこんなふうにときどきイタズラをする。 そうやって彼に接するのも楽しい。 「じゃ、次はどうする?」 「次は……もっと激しく」 「有希も言うようになったわねー。私も楽しみになってきたわ」 私もとても楽しみ。彼女はいつも面白いアイデアを出してくれる。 「次は私も行く」 「お、いいわね。やってやりましょ」 そうして二人で笑い合う。エラー。修正。 そんなある晴れた日のこと。 ◇◇◇◇◇ ―同日、同時刻― 今日もよく晴れてるわねー。日曜日でこんないい天気だと気分もいいわ。 こういう日にはやっぱり外でデートが一番よね。 でもあいつ外出るのめんどうだとかいいそうね。まったく、めんどくさがり屋なんだから。 なんてことを考えながら道を歩いて行くと、そろそろあいつの家が見えてきた。 それにしてもあいつちゃんと起きてるかしら? あ、ちなみに私は涼宮ハルヒよ。 『涼宮ハルヒの交流』 ―エピローグおまけ 涼宮ハルヒの場合― ピンポーン! 玄関のチャイムを鳴らすとドアが開いて中から元気そうな声が聞こえてくる。 「はーい!あ、またハルにゃんだー」 「おはよ、妹ちゃん。キョンはもう起きてる?」 ん?今妹ちゃん『また』って言わなかった? 「さっき起こしたんだよー。呼んでくるねー」 そう言ってどたばたとキョンの部屋へ走って行く。 それにしても、あいつやっぱり寝てたわね。ちゃんと起きてなさいよ。 などと考えると、すぐに妹ちゃんが戻ってきた。 「キョンくんが『とりあえず待ってて』だって」 何やってんのよ。部屋に乗り込んでやろうかしら。 ピンポーン! 家の中に入ろうと靴を脱ぎかけたときに、どうやらお客さんが来たみたい。 来たのは……みくるちゃん? 「あ、どうもおはようございますぅ」 「おはよ、みくるちゃん。どうしてここに?」 「えぇっと、あの、ちょっと涼宮さん時間いいですか?10分くらいですけど」 「ん?別にいいわよ」 「じゃあ、ちょっと外で歩きながらお話しましょう」 そういうと、みくるちゃんは妹ちゃんに何かを告げて家を出ていく。あたしもそれに付いていく。 歩きながらしていたみくるちゃんとの話はとても重要な話とは思えなかった。 わざわざ呼び出すほどの話じゃないわね。……これは、きっと何かあったのね。 そういえばさっき妹ちゃんが『また』って言ったわね。それに玄関に女ものの靴もあったし。 なるほど、これはもう一人のあたしが来てるのね。で、みくるちゃんは時間稼ぎかしら。キョンも大変ね。 「ところでみくるちゃん、古泉くんと付き合ってるの?」 「ふぇ、な、何で知ってるんですか!?」 「何でって。見てたらばればれよ。気付いてないのキョンくらいね」 「ひぇぇ、キョンくんには内緒にしといてくださぁい」 「ん、いいわよ。そのほうがおもしろいし」 10分ほどそうやって他愛のない会話をしながら歩いて家に帰ってくると、家の前にキョンが立っていた。 「あんた、こんなとこで何やってんの?」 「何って、お前を待ってたに決まってるだろ?」 「そ、そう。わざわざ出てこなくても中にいればいいのに」 そんなストレートに言われると照れるじゃない。 「それじゃあ、私は帰りますねぇ」 「あ、朝比奈さん。わざわざありがとうございます」 みくるちゃんはキョンの耳元で何かを少し話した後、大慌てで走って去って行った。 「……そんな、古いず、古いず……」 キョンが変な顔で何か呟いている。 「あんた、何やってんの?みくるちゃんなんだって?」 「あ、ああ。いや、ちょっと頼まれごとをしただけだ。気にするな」 頼まれごと?また未来がどうのとか言われたのかしら。 「……まぁいいわ。中に入りましょ。お茶でも煎れてあげるわ」 「ああ、そうだな。サンキュ」 家に入ってお茶の準備をする。 「家の人はいないの?」 「ああ、朝からどっか出掛けたらしい」 「ふーん。ま、だからどうということはないけど」 「あ、お茶煎れてくれてる間に部屋片付けとくから、出来たら呼んでくれ」 そう言ってキョンは部屋に向かい、代わりに妹ちゃんがやってきた。 「私も手伝うー」 「そう、ありがとね」 「ねえねえ、ハルにゃん。今日なんで何回も来たの?」 何回もって、もう一人の方のことかしら。まずいわね。 「さ、さぁ。ちょっとそういう気分だったのよ」 「……ふふふっ。私が全部知ってるとも知らずに……」 「い、妹ちゃん?今何か言った?」 「えー?何も言ってないよー」 そ、そう。気のせいだったのかしら?気のせいよね。……まぁいいわ。 そうこうしている間に準備が整った。 「じゃーキョンくん呼んでくるねー」 その間にテーブルにお茶を煎れた湯のみを並べていく。 「お、ハルヒありがとな」 キョンと妹ちゃんがやってきて三人で座ってお茶を手に取る。 「ねえねえ、キョンくん。さっきハルにゃん部屋にいたよね?なんでー?」 ブフッ! キョンがお茶を吹き出して顔面蒼白になっている。 「な、な、何の話だ?ハルヒは今来たとこだろ?」 「そ、そうよ。勘違いよ。あたしは今来たのに」 「……ふふふっ。二人とも誤魔化すの下手なんだから……」 「い、妹ちゃん?何か言った?よね?」 「んー?なんのことー?」 あれ、ホントに幻聴かしら。動揺したらだめよ。しっかりしなさい。 あ、そういえば昨日買っておいたあれがあるはず。「キョン、冷蔵庫開けるわよ」 「ん?ああ、いいぞ」 いちおう聞いては見たけど返事は聞かずに冷蔵庫を開けてあれを取り出……って、ないわ。 「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」 「は?い、いや、俺は食べてないぞ。まじで」 「ごめーん、ハルにゃん。私がつい食べちゃった。てへっ」 「そうなの?まぁしょうがないわね」 「……って言っとけば誤魔化せるわよね。ふふふっ……」 「い、妹ちゃん?今度こそ何か言ったわよね?」 「うん。プリンおいしかったよーって」 あれ、そうかしら?何か全然違うこと言ってた気がするけど。 「ま、まぁいいわ。後でキョンに買って来させましょ」 「って、俺かよ!」 そうして三人で笑い合う。ある晴れた日のこと。 『エピローグおまけ』 ―完―
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4637.html
午前中。休み時間とは名ばかりの、次の授業への移行時間かつ執行猶予時間の際。 俺は……古泉は登校しているのだろうか、長門はどうしているだろうかなどを自分の席に着いたまま黙考していた。 「どうしたんだい? あまり元気がないみたいだけど。なにか悩みでもあるの?」 国木田はこちらへと近づきつつ俺に問いかけ、俺は背後にハルヒが居ないことを確認すると、 「……悩みが多すぎるのが悩みだな。正直まいってるよ」 「ふうん。てかさ、涼宮さんも何だか元気がないみたいだね。ひょっとしてケンカした?」 普通は聞きにくいようなことを飄々と聞いてきた。国木田よ、俺とハルヒはケンカするほど仲が良いわけじゃ……。 いや、あるのか。いつも俺がボッコボコにされてるが。国木田はなおも飄々と、 「聞きにくいって? もしかして、キョンと涼宮さんのケンカは犬も食わない感じになってるの? それなら、僕がそれを聞いちゃったのは野暮だね。ごめん、謝るよ」 謝られたが、考えてみれば野暮なことはないよな。そして、 「……勝手に俺たちを夫婦にするのはよしてくれ。それより、ハルヒが元気ないって?」 あいつが? ……俺には、息巻いて不思議探索に精を出そうとしていたようにしか見えなかったが。 「キョンは気付かなかったの?」 「……俺には世界を作り変えちまいそうなほど元気に見えたがな。もしハルヒがそうだってんなら、多分、俺がまだポエムを書いてないのが原因だろう」 「おいおい、いい加減早く書いちまえよな? お前なら、いままで恋愛経験がなくても関係ねえ。涼宮とのアレコレでも書いてりゃいいじゃねえか」 谷口がどこからか沸いてきた。谷口、俺はハルヒと、それこそ人に言えないようなもんしかしてないぜ。 「それは大胆だねキョン。ここは学校だし、そういった情事的な告白は自重した方がいいんじゃない?」 俺の言葉に国木田がひどい齟齬を発生させちまった。こいつが耳年増なことを言ってるのは、人畜無害そうなツラしてるのが原因だろうか。谷口は国木田に、 「バカ言え。こいつにそんな甲斐性があったら困るってよ。ムッツリな奴ってのはそんなんじゃねえ」 「誰がムッツリだ。おいお前たち、いや、アホその一とその二。妙な勘違いしてやがると俺の怒号より先に、ジェットエンジンを積んだ地対地ハルヒミサイルがアホを感知して飛んできちまうぞ。俺はそれの巻き添えを喰らいたかないね」 「勘違い、ねえ」と声を揃える二人。もといアホ供。そのなかでも特にアホな方が、 「……しかしもう一年になるんだな。お前と涼宮が、一緒に過ごすようになってから」 ――この谷口の台詞は、まんま俺が自分の部屋のカレンダーを見て思った言葉と一緒だった。 四月。ハルヒと出会った日付に、俺が記した印。 記憶をなくしちまった異世界の俺は……その印を見て、何を思っているのだろうか。 「俺はなキョン。涼宮とお前が出会ったのは良いことだったと思ってんだ。あいつが奇行をするのは変わっちゃおらんが、中学の頃のそれとはダンチだぜ」 右手を肩の位置ほどまで掲げながら、やれやれとばかりに話す谷口。 ――俺は話の内容より、谷口の姿を改めて見たことによって一つ思い浮かんだことがあった。すぐさまそれを聞こうと、 「……そういえば谷口。お前は、ハルヒとずっと一緒のクラスだったよな?」 「ん? ああ、中一の時から現在進行形でそうだろ。なにを今更言ってんだ?」 「聞きたいことがあるんだが」 もしかして、こいつはハルヒが異世界を作っちまったヒントを知ってるんじゃないだろうかと思った俺は、「あいつさ、中学の頃から宇宙人やら諸々を探し回って、不思議なものと会いたがってたんだろ? それでさ、なにか……他に変わったことしちゃいなかったか? もしくは、あいつの悩みでも願いでもなんでもいいんだ。教えてくれ」 そうだ。異世界じゃそういったハルヒの願いは叶ってる。その世界がそんなイレギュラーな事態になってるんなら、他に……何かがあるはずなんだ。若干の期待を込めつつ聞いた俺に谷口は、 「知るか」 という端的な答えを出した。冷たい言い方に俺がすこし傷ついていると、 「中学の涼宮の行動はオールラウンドに変わってたぜ。それこそ全部が変だったもんで、それがあいつの普通になってたくらいだ。……そりゃ今でも変わんねぇが、高校に入ってから変わったもんが一つあるな」 谷口は、話の後半部分になるとニヤニヤした顔を俺へと向けて話していた。やめとけ。マジモンのアホみたいだぞ。 とは言わず、それは何だと聞き返すと、 「高校に入ってから涼宮に告白したヤツがいたんだが……涼宮は断ったらしい。中学の頃じゃ考えられねーよ。でな、東中出身のヤツらの間じゃ眠り姫伝説ってのがあったんだ」 もちろん眠り姫ってのは涼宮だ。と続けて、 「眠り姫ってのはつまるところ、涼宮が寝ぼけたこと言いながら正気の沙汰とは思えん行動ばっかやってたからさ、皮肉で付けられたあだ名だよ。そんで、あいつが目を覚ますのは、あいつにちゃんとした男が出来たときだって言われてた」 また谷口は俺をアホ面で見ながら、 「涼宮が男をとっかえひっかえしてたのは、いつまでたっても現われやしない王子様を探してたんじゃねえかって噂が立っててさ。で、あいつは眠ったまんまで王子様が誰だかわからねーから、とりあえず全員オーケーしてたんだろって話だ」 「馬鹿言え。ハルヒが王子様を探してる? あいつが全員の申し入れを受けてたのは、単に断るのがメンドーだっただけだろ」 「それは違うんじゃないかな? そっちのほうが面倒じゃん。涼宮さんなら、斬り捨て御免でサヨナラすると思うけど」 「だが……」 ……と俺は言いかけて停止した。谷口の話を聞いて、一つ不安な考えが頭をよぎっちまった。こいつらとハルヒの恋愛観について侃々諤々としてる場合じゃない。 眠り姫。 スリーピング・ビューティ。 まさか……あの、閉鎖空間から抜け出たときの行動をやれなんて言わないよな? ……俺がなんとも言えない気持ちになっていると、 「でもさ、涼宮さんはその人の告白を断ったんでしょ? じゃあ、もう涼宮さんは王子様を見つけちゃったの?」 「――なっ!」 思わず驚嘆の声を発した俺に、 「何驚いてんだよキョン? いつになく素直な反応じゃねえか」 「うん。まるで好きな人に彼氏がいたのが発覚したみたいな反応だったね」 アホがアホなことを言ってきた。こいつらにアホ言うなとは無理かもしれないと思いつつ、 「お前等がアホらしいこと言ってるからだ。あいつに男なんかいやしないし、第一、今でもハルヒは天真爛漫な行動してるじゃねえか。谷口の予測も外れてるってことだ」 そう言うと、谷口は何故か盛大に嘆息した後に、 「噂は噂だ。与太話でしかねえよ。けどな、じゃあなんで涼宮はそいつの告白を断ったと思う? 俺が言うのは業腹だが、そいつは中々の良識人だったぜ。見た目だって悪かねえ」 「そりゃSOS団があるから……」 「ああ、わかった気がするよ。谷口の言いたいこと」 俺の言葉を途中で止めた国木田は、 「涼宮さんは、今度は王子様と一緒になってキテレツな行動をやり倒してるんだね」 「そういうこった」 俺の目の前に二つのアホ面が広がった。 つまり、こいつらは俺が王子様だと言いたいらしい。なんとアホな。谷口、国木田よ。俺が王子様に見えるんなら、俺が跨っている馬はハルヒだぞ。むしろ、俺がじゃじゃ馬に乗っかってるから王子様に見えるのか? 何処をどう見たら、無残に振り回されまくりの俺の格好がそう思えるんだろうね。 俺はそんなことを考えながら二人を追っ払い、少々残念な気持ちをそのまま溜息として吐き出していた。 実を言うと俺は、谷口がこの異世界問題の解決の糸口を持ってきてくれるんじゃないかと淡い期待を抱いていたのだ。 そう。長門が世界を改変し、俺以外のみんなの記憶が消えちまった時、あいつは俺とハルヒを引き合わせるキッカケをもたらしてくれた重要人物だったからだ。そして、この谷口は―― 残念以外のなにものでもなかった。 そして昼休みになる。俺はいつものトリオでの昼食会を辞退し、文芸部室へと足を運んでいた。 理由なら沢山ある。長門の様子だって気になるし、ポエムだって書かなきゃならない。教室じゃ恋のポエムなんぞ書けるはずもないため、どうせなら部室で長門と肩を並べながら頑張るのも良いかなと考えたのだ。長門にとっても、戦友がいたほうが退屈しないで済むだろうしさ。古泉は……まあ、気にならないわけではないが来てないとしても俺にはどうしようもないことだし、そもそもあいつが学校にまで来れない理由というのがわからん。よって、俺は数ある懸案事項の中で、ポエム作成と長門についての問題を優先して選択し対応することにしたのだ。 そんな雑多なことを考えながら部室へと到着し、扉を開いた俺は…… 「うお」 室内の長門の様子を目に入れて思わず声を漏らす。 「……今日は、本読んでないのか」 長門はこちらへと振り返ることもせず、顔を窓際へと向けたまま、自分の席に閑寂と着座していた。 「長門?」 俺が呼びかけてみても、一ミリの返答すら返ってこない。 「……機関誌借りていいか?」 「…………」 沈黙を了解の合図とした俺はかつての長門を見習い、ポエムの作成に温故知新的な希望をもって小説誌を開いた。 ……が、何故か俺は自分の小説ではなく、長門の小説を読み返したいと思いながらボンヤリとページを捲っていた。 「………ん?」 長門の小説を探していた俺は、機関紙が検索を終えてパラリと閉じられたことに違和感を感じた。なぜなら、俺はあいつの小説を見つけることが出来なかったのだ。 そして何度か再検索してみるものの、一向に長門の小説は姿を見せない。 というより、ない。 それが俺の勘違いでないというのは、目次として記されている作品掲載順序と実際の順番の不一致が証明してくれている。 そう。本来ならあるべきはずの場所に、あいつの小説がポッカリと消えてしまっているのだ。 「………?」 ――なにかがおかしい。嫌な予感がする。何か……とてつもなく大きなものが俺を待っている気配が、この部室内からですら漂っている。 「長門」 もちろん返事はない。しかし、それがもちろんのことになったのはつい先程のことだ。これも、本来なら変なんだ。 「……機関誌なんだが、お前の小説は何処へ行った?」 「…………」 無言で部室の隅を指差す。俺はまるで札を貼られたキョンシーの如く何も考えず諾々とその指示に従い、長門が指差す先へと歩き出した。 「………?」 壁に突き当たった俺は、またもや沈黙と疑問符を浮かべることとなった。 ここには、円筒状のゴミ箱しか置かれていない。 行動の選択肢が一つしかなかったため、俺は何を思うわけでもなく、ゴミを漁るというあまり宜しくない行動に出た。 ……そして思わぬ収穫物を手に入れた俺は、ここで、やっと意識を取り戻すこととなる。 「――誰が……こんなことしやがった」 俺が手にしているのは……長門の小説だ。見事なまでの手際で切り取られたであろう数枚の紙の姿に、俺はそれを認めることが出来ないでいた。 いや待て。待て待て。わからん。不愉快よりも、不可解さが先に来る。 何が起きてる? いつ始まった? どうしてこうなってる? 真っ白になった頭の中で数々の疑問がひしめく中……俺は思わぬ言葉を、紛れもない長門の声で耳にする。 「わたしがやった」 ……は? なにをだよ。 「それ」 俺は手元を見る。そこにあるのは、もちろん…… 「―――長門っ!?」 質問するには不明なことが多すぎた。俺は長門を一瞥し、そして普段とは違うこいつの雰囲気を認識するやいなやすぐさま駆け寄り、あいつの肩を掴みながらあいつの名前を叫ぶ。 「……なっ……お前、どうして……」 そして長門の双眸と目を合わせた俺は……そこにあるものを感じ、狼狽を隠せずにいた。 「今のわたしには、必要ないものだったから」 そう話す長門の瞳の中には…… 何も、存在していなかった。 今つくづく思う。昨日までのこいつには、いや、初めて出会ったときだってそうだ。無感動ながらも、確かに何かが存在していたのだ。 しかし、俺の目の前にいるこの長門には……何もない。あの黒い瞳はまるで乾いた氷のようにくすみ、光を失ってしまっている。初めて俺は……こいつの姿に虚無というものを見て、例えようのない戦慄を覚えた。 何かが起きてる。それは間違いない。この長門がおかしいってのも間違いない。 じゃあ、何で……長門はおかしくなっているんだ? 《あの日》を思い出したからといって、流石にこうまでなるとは考えにくい。ってことは、なにか他の原因でこうなっちまってるんだ。考えろ。どこかに……ヒントがあったはずなんだ。 昨日は何があった。なにかおかしかったところは?(帰り際にあったな)もしかして、長門は誰かに妙なことでもされたのか?(長門が?)じゃあ誰に?(あいつはどうだ)大体、長門をこんな風にして何の得がある?(ある。あいつには)今日何かおかしなところはあったか?(あいつは来ているか?)機関誌は……(最近あいつがずっと読んでたな)。 「……ふざけるな」 これは俺の馬鹿げた思考に対する言葉だ。くそ。何考えてんだ俺は。わかってるじゃないか。 古泉が……こんなことするわけねえだろうが!(機関はどうだ?) ――いい加減にしろ。そうだ、原因を考えたところでどうなるわけじゃない。今必要なのはトルストイ的思考方法だ。 まず、現在一番優先すべきことはなんだ?(そりゃもちろん長門を元に戻すことだ)それを果たすには?(思いつかないね)じゃあどうする。(何が出来る?)俺に出来るのは……(俺に出来ないなら……) 「喜緑さん……!」 あの人なら何か知っているはずだ。確証はないが、もとよりここで俺が無為に思考を巡らせるよりは彼女に何かしら聞いてみた方が上策というものだろう。 だが、ここの長門はどうする? 下手に校舎内を引っ張って連れて歩こうものなら、ハルヒが追尾してきたりだとか俺が破廉恥な輩だという無用の心配が生徒や教師間に蔓延ってしまうかも知れん。そんなもんに構ってる暇などありゃしない。 俺が行動を決めかねていると部室の扉がガチャリと音を立て、 「……おや」 立ち尽くす俺の姿に少々驚きつつ、見慣れたハンサム顔が進入してきた。 「いえ、長門さんが心配だったのでね。僭越ながらここへやってきたわけです。お邪魔なら引き返しますが」 何も聞いちゃいないのに訪れた理由をいつものスマイルで話す古泉に、 「古泉、これ頼む! あと、長門もだ! 俺は今から喜緑さんの所に行ってくる! 理由はすぐ解るはずだ!」 「……ど、どうしたんですか?」 俺は古泉の胸元に長門の小説を押しやり、されるがままにそれを受け取った古泉は当惑しながら俺に説明を求めた。 「何がどうなってるかは知らんが、事態は風雲急を告げまくりだ! よろしく頼……」 一目散に扉へと駆け出していた俺は途中で足と言葉を止め、唖然としている古泉を見ながら、 「……古泉。俺は、お前を信じてるぜ」 たとえ『機関』が――いや、誰が長門をこうしちまったとしても……古泉は、目の前の長門を守ってくれるはずだ。 俺はそれ以上足を部室に留めることなく、一路喜緑さんの元へと駆け出した。 とは言うものの、俺が目指したのは生徒会室だった。目的地に着いた俺はすぐさまドバン!と無作法にも勢いよく扉を開き、 「……なんだキミは。ここはそちらのイカガワシイ部室と違い、ひどく真面目に学内活動に取り組んでいる場所なのだ。無礼な入室の是非は推して測るべきだと思うがね」 突然の闖入者に呆れ顔の生徒会長。少しも怯んだ様子が見受けられないのは感嘆だ。 「そういえば、機関紙の上稿の件があったな。詩集は完成したのかね? もっとも……キミのその様から鑑みるに、期日の延長でも哀願しに来たと考えるのが妥当な判断だが」 肩で息をしている俺に、会長は訝しげに言い放つ。 「……それも頼んでおきますよ」 ちゃっかりしたことを言う俺に、 「ふん。その程度の用件でわざわざ参られては、こちらが困るというものだ。期日を設定したのはそちら側だろう。そもそも今の私は、奇怪な団体に付き合ってる暇など皆目持ち合わせてはいない。この度の生徒会からの要求も実の所、便宜上の活動内容が欲しかっただけなのだ。詩集とやらはあのお祭り女が勝手に決めたことだ。今回、生徒会側はキミたちに契約不履行の罰則を何も提示してはいない。勝手に四苦八苦でも七難八苦でも起こしていたまえ」 会長があまりにも正当なことを言っているのでちょっと逆らおうと思った俺は、 「……少しばかり要求を急ぎすぎだった感は否めませんがね。せめて二学期から活動を求められれば良かったんですが」 「ふん」 いわれのない非難を受けて呆れ返ったような息を吐き、 「キミは喜緑くんの、折角の厚意を無下にするつもりかね。当初の生徒会側の申し入れを提案したのは彼女だ。……理解したのなら、早く退出したまえ。こちらは昼食をロクに摂れぬ程忙しい身なのだ」 「待ってくれ。俺はそれで来たんじゃないんだ……いや、ないんです。喜緑さんはいないんですか?」 「ほう。キミが我が生徒会秘書と謁見したいというのは何故だ」 答えてるヒマはない。いるかいないかどっちかだけ答えてくれ……という俺の質問は愚問だった。清濁併せ持つというか本来黒い会長がこの喋り方だってのは……。 「会長。どうやら彼はわたしに火急の用があるみたいです。すみません、少し席を外していて頂けないでしょうか?」 「……む。私とてヒマではないのだが。キミも良く知って……」 会長にニッコリと微笑む喜緑さん。これ以上会長が話しを続けていたらどうなるかわかったものじゃない。 「……よかろう。だが、手短に済ませたまえ」 絵に描いたような渋々とした風情で歩き去る生徒会長。生徒会活動に精力的なあの人の邪魔をするのは少々気が引けるな。 「構いません。わたしたちはここで、お弁当を食べていただけでしたから」 一転して会長に越権行為疑惑が浮上した。ちくしょう。権力を傘にきて、喜緑さんにちょっかい出してやいないだろうな。 「いえ。会長は素晴しい殿方ですよ?」 明るく言い放っているが、この人は会長の本性を知っているのだろうか。知らないとは思えないが……。 ――って、そんなどうでもいいことを考えてる場合じゃない。 「喜緑さん! あなたに聞きたいことがあるんだ! 長門の様子なんですが……」 急に笑顔のトーンを落とし、喜緑さんは悲しむ口調で、 「……はい。彼女に異変が発生しているのは知っています……その原因も」 ――よし、ビンゴ。当たりだ。原因が判明すれば、後はなんとでも対策は講じられる。 「……あいつはどうしちまったんですか? 多分、誰かに干渉されて――」 喜緑さんはゆるやかに首を横に振り、 「そうではありません。彼女は……禁を破り、死を願ってしまったんです。そして情報統合思念体からの処分を受け、現在の状態に保持されています」 「な……。あいつらが、長門を――?」 ――待て。思念体にとって長門は……世界人仮説を解明するとかいう、進化の希望だったんじゃないのか? それがあいつらの最重要目標だったはずだ。なのに、禁を破っちまったからといってホイホイとあんな状態に変えちまうのか? いや……もしかして、解明の作業には影響しないのだろうか? だがな、だからといって長門をあんな風にしちまうのは許され――って、 「ちょっと待ってください。長門が……死を願っただって? 死にたいなんぞを思ったってことですか?」 喜緑さんは視線を落としながら軽い困惑の色を顔に貼りつけ、 「……はい。長門さんのパーソナルデータが消去されていることから、それは間違いありません」 「長門のパーソナルデータが消えた? ……何となく意味は掴めるんですが、どういうことなんです?」 俺の質問に、喜緑さんはまるでカマドウマ事件をもたらした際のたじろぎ気味な雰囲気で、 「言うなれば……彼女はもう長門さんではないんです。現在の彼女は、いままでの長門さんの行動形式を思念体から暫定的に付加された、素体が一緒なだけの別人なんです。そして……」 更に沈み込み、唇を噛み締めるような様子で…… 「――もう、わたしたちが知っている長門さんが帰ってくることはありません。……彼女の中に存在する思念体は長門さんのものですが、これからどうしようとも……あの長門さんと同一のパーソナルデータが形成されることはありませんから……」 「………うそだろ」 ……喜緑さん。頼むから、そんな顔をしないでくれ……。それじゃ……。 まるで、打つ手がないみたいじゃないか……。 ――打つ手が……ない? いや……あるのか……? 「…………」 俺は揺らめく意識とおぼろになった現実感の中で、懸命に思考を成り立たせようと煩悶していた。 ……大人の朝比奈さんは言っていた。今日、長門の為に《あの日》へ飛ばなければならない、と。 だが、行ってどうなる? ――そう、そこなんだ。この現在は過去の延長なんだから、過去の空白を埋めても今が変わるわけじゃないはずだろ。 つまり……それは、長門がこうなっちまう現在を変えろってことなのか? だが、それは危険なんだ。俺たちは、歴史がどう変わるかなんて予想出来やしない。大人の朝比奈さんにいいようにされちまう可能性があるんだ。それに……。 長門が復調することは、大人の朝比奈さんにとって不利益なんじゃないか? 思念体は俺に、世界の矛盾を消して元の姿に戻さないかと提案してきた。それは、大人の朝比奈さんが消えちまうってことだ。ああ。そうだよ。そもそもが宇宙人や未来人や超能力者の上の繋がりは、純粋な利害関係で目的が一致してたから互いに敬遠していただけだ。思念体が長門を見限った今、『機関』や朝比奈さんの『未来』があいつを助けようなど考えるわけがない。 ……だが、最も頼りになる奴らは、長門を助けることに微塵の躊躇もありはしないんだ。 ――俺たち、SOS団には。 そして、今は俺の判断が一番重要な意味を持っているんだ。長門や古泉、恐らくは朝比奈さんも背後の黒幕から行動を制限されている。俺の行動如何によって、事態はあらゆる方向に進行してしまうのだ。世界の分岐点とやらがあるのなら、今が一番大事なポイントだ。 よく考えろ。俺に何が出来る? 俺の朝比奈さんに大人バージョンの彼女の存在を打ち明けてみるか……もしくは、博打だがハルヒに俺がジョンスミスだと名乗り出るかだ。危険度を考慮すれば前者だが、効果を考えるなら後者だ。どっちに………。 「………くそ」 どちらを選んだとしても、あまり良い結果が出るとは思えない。 ……それに現在俺の中では、上の奴らに向けているものとは別の怒りが大きくなり、思考することを邪魔している。 ――長門。お前は今大変な状況だが、一つ……言わせてくれ。 なにやってんだ。お前は。 死を願っただって? んなもん、願い事でも何でもねえ。お前は、死ぬほど悩んでたんだろうが。それで死にたくなったんなら、なんでこうなっちまう前に俺に言わねえんだ。いや、俺じゃなくてもよかった。ハルヒでも、朝比奈さんでも……古泉でも。そうさ、お前は一人で抱え込み過ぎるから《あの日》を起こしちまったんだろうが。……いや、それは俺が気付くべきだったよな。お前は何も悪かない。 けどな、長門。俺は誓ったんだ。お前に二度と……あんな思いはさせないと。 それはSOS団のみんなだって一緒だ。だから、俺たちはお前の悩みでも何でも共に背負って行きたいんだよ。 だが、お前がそれを教えてくれなきゃ……俺たちは、寄り添いようがなだろうが……。 長門。お前に一番必要なのはさ、自分が抱えてる悩みを仲間に伝えること――――。 ――ドクン。 ……この瞬間、俺の心臓がまるで今始めて鼓動し、その存在を知らしめるかの如く高く鳴り響いた。 「まさか……」 頭の中では、一人の少女の……笑わない仮面が笑ったような笑顔の映像が勝手にフィールインされていた。 「――喜緑さん! あいつは……朝倉はいないんですか!? いや、とにかく聞きたいことがあるんだ!」 慌てふためく俺を見ることなく、喜緑さんは視線を落としたまま、 「朝倉さんは……現在、思念体内に存在していません。彼女のパーソナルデータのバックアップも、失われています……」 「…………」 ――決まった。 俺は、行かなければならない。二度と行きたくはなかった《あの日》に。 そして俺は……二度と会いたくはなかったヤツに、今一番会いたいと感じている。 そう。朝倉は……長門の願いを、あいつの悩みを聞いているんだ。 ……《あの日》はまだ、終わっちゃいなかった――。 第三楽章・臨
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/639.html
秋の風が吹き始めたある日の黄昏。 一人の女性が町に来た。 ――いや、帰って来たと言うべきだろう。 女性はこの町にすんでいたのだから。 女性は考える。 『彼』は、『彼女』は元気だろうか? 涼宮ハルヒの誤解 第一章 目撃 今日は土曜日。市内探索パトロールの日。普段なら楽しいはずの出来事。 しかし、あたしの顔は不機嫌の極みだった。 「遅い!あー、なにしてんのよあいつは!」 それもそのはず、キョンがまだ来ていないからだった。 「もう集合時間を十分も過ぎてるってのに!」 さっきから電話を何度もかけているがつながらない。嫌な予感がする。 「おかしいですね。いつも最後に来るといっても、集合時間には間に合っているのに」 補足のようなこのセリフはSOS団副団長・古泉君のもの。 「……」 無言を貫く無表情の有希。 「何か、あったんでしょうか?」 オドオドと言ったのはSOS団のマスコットキャラみくるちゃん。 みくるちゃんの一言で、さっきの嫌な予感が具体的な形をとる。 『何か』――事故。 あたしは思いっきり息を吸って 「そんなわけないでしょっ!」 怒鳴っていた。通行人がこっちを見ているけど気にしない。 ただみくるちゃんを睨んでいる。 「ごごご、ごめんなさい」 涙目でみくるちゃんが謝っている。古泉君が珍しく迷惑そうな顔をして みくるちゃんを見ている。 そんな顔するなんて意外。 「大丈夫ですよ。寝坊でもしたのでしょう」 さっきまでの顔を跡形もなく消して、古泉君が苦笑まじりに言う。 「そう……。そうよね!来たらバツゲームを敢行するわ! 一人につき一個とっておきのを考えときなさい!」 強がりにもほどがある。 こうやって何か用意しておけばキョンがくるような気がしたの。 苦笑しながら。いつもみたいに。 あたしの携帯が鳴る。 発信元は『キョン』。 早まる心臓の鼓動を感じる。 深呼吸して、携帯に、でる。 『ああ、すまん。ハルヒか?』 キョンの声が聞けた。ものすごい安心感。次に怒り。 「何やってんの!今何時だと思ってるわけ?言ってみなさいバカキョン!? 十秒以内に来なさい!いいわね?バツゲームを用意してあるから、覚悟しなさい!」 電話の向こうで重いものが混じった苦笑が聞こえる。 『バツゲーム用意してるなんて言われたら行きたくなくなるな。 ところで、今日行けなくなった』 ……は? 「どういうことよ?」 『急用が入っちまったんだよ。家族の方の用事でな。ほんとすまん』 家族の用事ねえ? なんだか言いにくそうだったから聞かないでいてあげようかしら? 「いいわ。月曜日にバツゲームで許してあげる」 『……』 電話の向こうで大きなため息。 「どうしたの?」 『何でもない』 「次はないからね」 『わかってるよ。本当にすまんな』 「いいわ」 電話を切ってみんなに予定の変更を伝える。 「今日はキョンは休みだって。だから今日の最後は古泉君ね?おごりよろしく」 古泉君がきょとんとした後、苦笑する。 「そう言えばそんな決まりがありましたね。いつも彼が払うもので忘れてました」 喫茶店で班分けをし、あたしはみくるちゃんとだった。 みくるちゃんを引っ張り回して、そろそろ集合時間というとき、あたしは見た。 キョンを。 あたしの知らない女の人と一緒にいるキョンを。 楽しそうに、親しそうに話している二人を。 なんで? 家族の用事じゃなかったの? 嘘つき。バカ、バカ、バカ。 あたしはその場から全速力で逃げ出した。 昔のあたしだったら、殴って、拉致ってたんだろうけど、そんな気力もない。 後ろからみくるちゃんの声が聞こえるけどそんなことは、どうでもよかった。 気づくと集合場所にいた。そこには有希と古泉君がいて、 古泉君は携帯を見て渋い顔をしている。 「待ってくださあい」 後ろからみくるちゃんが来て、やっと二人はあたしがいることに気づいたらしい。 「どうしたんですか?」 古泉君が聞く。 でもあたしは見たものを話したくなかった。 見間違い、人違いと思いたかった。 そんなあたしの希望をみくるちゃんがあっさりと、粉々にする。 「キョン君が、なんか女の人と楽しそうに歩いてたんですけど……。 それを見た涼宮さんが急に走り出して……」 やっぱり見間違いじゃなかったんだ。 あたしはもう口に何かを出す気も起きず、うなずいて肯定する。 古泉君の顔にはまぎれもない、怒りが浮かんでいた。 有希も表情は変わっていないけれど、雰囲気が重い。 「……すいません。用事が入りましたので午後は帰ります」 怒りを押し殺して古泉君が言う。 あたしは言う。 「もう今日は解散でいいわ」 <幕間> 遅いですねえ。あんまり涼宮さんを待たせないでもらいたいのですが。 今はイライラしてるだけですけど、事故とかそう言うものを連想されたら困るんですよ。 下手したら閉鎖空間が…… 「何かあったんでしょうか?」 ……朝比奈さん? なんでそんな絶妙なタイミングで空気読まない発言をするのですか? 怒りますよ? ……冗談です。女性相手に拳を振り回す気はありません。 おっと、涼宮さんの携帯に電話ですか。 どうやら一安心のようです。 午前中長門さんを図書館に連れて行き、集合時間の三十分前に駅前で待機。 突然機関からの連絡。閉鎖空間ですか。 朝比奈さん今度は何をしでかしたのでしょうか? いっそのこと駐在員を交代してもらいましょうか? 考えていると朝比奈さんの声がします。 顔を上げて初めて涼宮さんがいたことに気づきました。 その顔を見てただ事ではないと思いましたよ。 案の定、話の中身は今まで聞いてきた中で最低最悪。 さすがにこれは怒りますよ?僕でも。 彼が涼宮さん以外を好きになったとしても止めません。仕方ないことですから。 でも、こんな露骨にばらしていいことでありません。 ゆっくりゆっくり知らせていくべきこと……。 僕は出来る限り怒りを殺して『アルバイト』に向かいました。 第二章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/617.html
涼宮ハルヒの誤解 第一章 涼宮ハルヒの誤解 第二章 涼宮ハルヒの誤解 終章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5721.html
土曜日。天気は晴れ時々曇り。そう、いつも通り合いも変わらず、不思議が目の前にあるのに不思議を探索すると言う、灯台元暗しを実現している活動日である。 「素敵な息ですぅ~」 あなたの方が素敵ないきですよ。朝比奈さん。むしろあなたの息があれば、酸素などいりません。 「いいじゃないあんた!」 ハルヒ、もう少し声を抑えた方がいいんじゃないのか?まだリハだぞ。何テイク取るかわからんが、声が枯れたら元も子もないだろ? 「にゃん」 長門のセリフはこの一言だけか。長門らしいっちゃ長門らしいが、なんでもう撮影用の猫ドレスとネコミミカチューシャつけてんだよ。本番だけでいいだろうが。 「いや~、SOS団の皆さんは、本当にカメラ映えしますね」 と、折りたたみ式のイスから立ち上がって、SOS団三人娘の演技を絶賛している人は、撮影監督である。 監督と言っても随分と若い。俺の主観ではあるが見た所、まだ30代前半くらいか。体格も細めだし、監督ではなく俳優にも見える。 「それでは三十分休憩取ります。休憩後に撮影入ります」 さて、いつも通り普通の土曜日であるが、ただ一つ、いつもとは違い、普通ではないことが目の前で繰り広げられている。 息をデザインするガム・ロッテACUO そんなキャッチコピーを持つガムの販促CMが作られ、あまつさえSOS団女子三人が出演するなど、少し前の俺には想像もつかなかった。 「皆さん本当に楽しそうですね。朝比奈さんなんかは、絶対に恥ずかしがると思ったのですが」 「息が近い。顔を近付けるな。古泉」 お前もこのガム食え。そうすりゃ少しはお前の気持ち悪さが緩和するだろうしな。だからって息吹きかけんなよ。条件反射的に舌引っこ抜くからな。 「これはこれは手厳しい。どうせならあなたが出ても良かったのですよ?涼宮さんだってそれを望んだはずです」 「悪目立ちしてたまるか」 これだからツンデレは……やれやれですね。と聞こえるような小声で囁いた古泉の舌を抜こうとペンチを探してみたが、生憎、撮影スタッフにしか扱えないらしく、諦めることにした。 事件の始まりは、いつだって涼宮ハルヒである。 なおそのハルヒだが、今は休憩時間と言うこともあり、長門の猫ドレスを朝比奈さんと共に弄っている。 ハルヒ、わかってるだろうが、ここは往来の激しい街中だからな。 「……む、なによキョン。いつもみたく剥いたりしないわよ。有希だし」 朝比奈さんだったらするのかよ。 「ふん、まぁいいわ。撮影が始まったら、あたしの超女優っぷり、しっかり目に焼き付けなさい」 どこか不機嫌気味に、ハルヒは二の腕に装着した「超女優」と書かれた腕章を示しながら踏ん反り返った。 「SOS団のCMを作るわよ!」 ハルヒがそうやってのたまわったのは数日前だった。 「今までなんで気が付かなかったのかしら。そうよ!TVCMを全国、いや、全世界に流して、SOS団の知名度を上げてやるわ!」 何をバカなことを言ってるんだか。そんなCM誰が見るんだよ。見る以前に、どうやって公共の電波に流す。と言うSOS団ただ一人の常識人として、至極全うな意見を述べたのだが、 「CM……?……ああ!コマーシャルですね!……え、え、え、え、え、ええ!?」 「…………」 「実はですね涼宮さん。僕の叔父の弟の奥様の兄の斜向かいの家の息子さんがTV業界で働いておりまして」 「古泉君さすが!じゃあさっそくアポ取って」 「かしこまりました」 「かしこまりましたじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 そんな心の叫びを部室中に解放した事も、今となっては懐かしい。良いか悪いかは別問題だがな。 「それがどうして、ただの販促CMなんだか」 「おや?あなたはSOS団世界侵略の先駆けとなるであろう大変名誉あるCMの方がよかったですか?」 「そんなわけあるか。ただ、目的が変わってると思ってな」 古泉もとい「機関」がアポをとった人物こそ、ディレクターチェアで、撮影のためにスタッフと最終打ち合わせをしている監督だ。 機関がアポを取ったところ、その時彼が抱えている仕事の一つに、ロッテACUO販促CM作成があったらしい。 それならばと、彼は自身の作品にSOS団メンバーを出演させることを思いついたのであった。 本当は世界の中心人物であるハルヒだが、社会的には、どこにでもいる一般人。そんな奴をTVになんか出せるのだろうか?と思った。 だが、なんと彼は、その翌日、ハルヒがCM撮影を思いついた二日後に、東京にあるTV局からSOS団部室まで足を運んだのだ。 凄まじい行動力である。 監督はハルヒ達を一度見ただけで気に入り、すぐさま出演を依頼した。 最初こそハルヒは、自分達のCMを作らせるつもりであったはずなのに、なぜ彼が作るCMを手伝わなければならないんだと憤慨していたが、そこは根本的に騒ぐのが好きなハルヒである。 ハルヒは監督におだてられ、のせられるうちに、面白そうだと思ってしまったのだろう。その日の活動終了後には、CMのコンセプトまで話し合っていた。いや、、お前がCMを決めるなよ。そこは監督とスタッフに一任しろよ。 そしてあれから一ヶ月。本日はCM撮影当日である。 「手段が変わっただけで、目的は変わっていませんよ。涼宮さんはこうやって楽しく騒げればいいのですから」 あなただってそうでしょう?と繋げる古泉を無視し、俺は少し曇り始めている空を見て溜息を零した。 やれやれ。悪かったな、その通りだよ。 そのCM内容だが、まあ、その内お茶の間に流れるだろうから、わざわざ説明する必要はない。適当に確認してくれ。 概要だけ語らせてもらえば、なんたらなんたらとか言う俳優が、ガムを噛みながら服屋へ買い物に来る所から始まる。 だが目当ての商品が無く、彼が女性店員に溜息を吹きかけた時であった。なんとその女性が朝比奈さんに変化する。 それを見た他の店員が彼に詰め寄ると、今度はその店員がハルヒになる。 そして最後に、店の外にいる三匹の猫に息を吹きかけると、三匹全てが長門になる。 一応言っておくが、その三匹は長門が三人に増えたわけではなく、三回に分けて撮影した別撮りになる。分身ぐらい出来そうだが(むしろ本人はするつもりだった)そこは全国の茶の間に流す以上、派手なことはできない。 さて、SOS団女子三人が出演していて、俺と古泉が何故出ないかと言うと、単純に五人全員が出られるほどの尺が無かったからである。30秒だからな。 だが監督曰く反響があったら第二段第三弾と続編を作るつもりらしく、その時には出演するかもしれんな。 いや、俺は出たくないけどな。古泉は出るかもしれんが。 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 いきなり撮影スタッフの輪の中から響く朝比奈さんの悲鳴。朝比奈さん!どうしましたか!? 「ちょ、ちょっとあんた!大丈夫なの!?」 ハルヒまで声を荒げている状況に、俺はただ事でないことを察知し、古泉と共にその人だかりまで駆け出していった。 「ハルヒ!どうした!?」 「キョ、キョン。これ……」 ハルヒが青い顔して指差す先にあったのは、頭から血を流してアスファルトに倒れこんでいる主演俳優だった。 わけの分からない状況に、俺は突発的に猫ドレス姿の長門に目を向けた。 「約五分二十三秒前。彼が涼宮ハルヒ及び朝比奈みくると会話を開始した。会話は撮影経験の無い涼宮ハルヒ達を心配する内容であり、重要性は無かった。だが」 「それで?」 「彼は会話中も、しきりに目を擦っていたり、肩を回していたり、とても疲労感を感じていたと思われる。そして着席していた席から立ち上がった瞬間、体勢を崩して地面に頭を強打した」 「おそらく過労による昏睡でしょうね。多忙な芸能活動が祟ったのでしょう。それでよろしいですか?」 「良い」 長門の状況説明が終わった頃、彼のマネージャーらしき人物が、電話を握り締めて救急隊を呼び始めた。救急車は後どれくらいで到着するだろうか。 「でもキョンくん……CMはどうなるんですか?主演俳優さんがいないんじゃ、撮影なんか……」 朝比奈さんは血の気を失せさせた蒼白な顔をさせながら聞いてきた。良い返事が思いつかない俺が恨めしい。 「まぁ、中止するしかないでしょ。言い方は悪いけど、せっかくSOS団の知名度を上げるチャンスだと思ったのに。残念ね」 「いや、中止にはしない」 監督が顔から重い空気を発しながらも、目だけ光を失わずに述べた。 「主演がいないのならば、主演が写らないカットだけを撮影し、主演が全快するまで撮影を進めておく。それがTVだ」 軽快なフットワークと行動力を持った監督であるが、発言からかなりの重さを感じる。こういう人がTVを作っているのか。 「しかし監督、いくらなんでも主演俳優が退場しては、撮影が」 「絵コンテを見る限り、主演が必要なのは最初の数カットと最後だけだ。彼が息を吹きかけて店員を彼女達に変身させる所は背面しか映らないだろ?そこにだけ代役を立てる……そうだな」 監督はスタッフや周囲の野次馬達を見回し、数秒後に俺に視線を向けた。 「君、確かキョンくんと言ったね。背格好も近いし、代役に立ってくれないか?」 「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」 「はい、それでは本日の撮影は以上です。お疲れ様でした」 監督が撮影終了の号令を出した瞬間、津波のようにドッと疲れが押し寄せてきた。 「だらしないわねキョン。あんたなんかセリフ一個もなかったじゃない」 「誰だって、カメラの前に出されたら緊張するだろうが」 こういう華やかな世界は俺に合わないさ。もしやいつぞやの映画撮影の時は、朝比奈さんもこんな気分だったのかもしれない。 それにしてもこいつはさほど緊張した様子もなく、カメラの前でセリフを言っていたし、やはり性格によるのか? 「疲れたでしょうキョンくん。お茶です」 そう言ってペットボトルのお茶を手渡す朝比奈さんをただただ感謝だ。 朝比奈さん、あなたの手にはヒーリング能力があるのでしょうか?そこらへんの自販機から買ったであろう150円の緑茶でありながら、この充足感は素晴らしい。 ちなみに長門だが、撮影が終了した直後に、いつも通り読書をして背景に溶け込んだ。つーかそんなに気に入ったのか?その猫ドレス。 ああ言う衣装って、スタイリストさんに頼めば買い取りとかできた気がしたな。後で教えてやるか。 「素晴らしい役者っぷりでしたよ。これならSOS団による映画は、あなたが主演で決まりでしょう」 「古泉。いつから俺のイエスマンになったんだ。それと主演なんかお断りだ」 セリフ一つ無い代役でもこんなに疲れたんだ。30分だか1時間もカメラの前に立ってたまるか。 「まぁ、それはともかくとして、色々ありましたが、これで安心できます。……本当は主演俳優が退場したとき、涼宮さんは閉鎖空間直前までストレスを膨らませたのですよ」 「あいつは目立ちたがりだからな。ここまでお膳立てされて中止じゃ、仕方ないだろ」 「……やれやれですね。教えられるならば、教えてさしあげたいのですが。これはあなたが気付くことです」 なんかバカにされてる気がするのは、俺が疲れているからだろうか。 「しかし、このガムは爽快感がありますね。さすがはロッテと言ったところでしょうか。あなたもどうです?」 古泉が手渡してきたので、何気なく一粒、口の中へ放り込んだ。 「うお、なんかつめてー。シーハーする」 俺が食べたのはグリーンミント味。ミントの成分が配合されているため、口の中が爽やかになる。焼肉屋で食べるのど飴みたいだな。 「はぅ!」 「あ、すいません朝比奈さん。匂いましたか?」 呼吸を多めにしていたからか、そばに居た朝比奈さんに匂いが飛んで行ってしまったようだ。 「い、いえ、その……素敵な息ですぅ……ほへぇ……」 ん?朝比奈さんが急に頬を染めて、脱力したぞ。やっぱり朝比奈さんも疲れたのだろう。 「…………」 「うお!な、長門!?」 人の気配を察知して背後を振り向いた瞬間、数メートル先で読書をしていたはずの長門が、いきなり背後に現れた。びっくりした。心臓が飛び出るかと思ったわ。 「長門、どうかしたか?」 「何も」 それだけ言って、長門はまた読書に戻った。その場で。俺のすぐ目の前で。 だが俺の頭の動きに合わせて、少しずつ身体をずらしている気がする。立ちながら読んでるから、重心が安定しないのか? 「ちょっとキョン!みくるちゃんと有希に、なんてことすんのよ!」 「はぁ!?俺が何をした!ただガム喰っただけだろうが!」 わけがわからない。ガム食べただけで、なんでハルヒはこんなに頭に血が昇るんだ。こいつもこのガムが食べたかったのか? 「落ち着けよハルヒ。ガム喰えガム」 「いらないわよ!こんなの!」 とても自称「超女優」が発して良い言葉とは思えない。CM出てたのに「こんなの」はないだろ。 「つーか顔が近い!暑苦しい!放れやがれ!」 「うるさいうるさいうるさい!このエロキョン!」 「……はい、もしもし古泉です。やっぱりですか。えぇ、申し訳ございまさん。僕のせいです。僕が彼にガムさえ渡さなければ……」 古泉が機関の上司、おそらく森さんに電話で平謝りしている中、ハルヒの機嫌はいつまでも直らなかった。つーか顔近っ!
https://w.atwiki.jp/haruhi-2ch/pages/52.html
涼宮ハルヒの消失 基礎データ 著:谷川流 口絵・イラスト・表紙:いとうのいぢ 口絵、本文デザイン:中デザイン事務所 初版発行年月日:平成16年(2004年)8月1日 本編247ページ 表紙絵:朝倉涼子 タイトル色:薄黄緑 初出:書き下ろし 初出順第12話 裏表紙のあらすじ紹介 「涼宮ハルヒ?それ誰?」って国木田よ、そう思いたくなる気持ちは分からんでもないが、そんなに真顔で言うことはないだろう。だが、他のやつらもハルヒなんか最初からいなかったような口ぶりだ。混乱する俺に追い討ちをかけるようにニコニコ笑顔で教室に現れた女は、俺を殺そうとし、消失したはずの委員長・朝倉涼子だった!どうやら俺はちっとも笑えない状況におかれてしまったらしいな。大人気シリーズ第4巻、驚愕のスタート! 目次 プロローグ・・・Page5 第一章・・・Page30 第二章・・・Page73 第三章・・・Page103 第四章・・・Page160 第五章・・・Page195 第六章・・・Page223 エピローグ・・・Page246 あとがき・・・Page252 映画 2010年2月6日劇場公開予定 →涼宮ハルヒの消失(映画) 漫画 ツガノガク版(雑誌の発表号などの詳しい情報はツガノ版漫画時系列で) コミックス第7巻に収録第32話『涼宮ハルヒの消失 ~第一章~』 第33話『涼宮ハルヒの消失 ~第二章~』 第34話『涼宮ハルヒの消失 ~第三章~』 コミックス第8巻に収録第35話『涼宮ハルヒの消失 ~第四章~』 第36話『涼宮ハルヒの消失 ~第五章~』 第37話『涼宮ハルヒの消失 ~第六章~』 第38話『涼宮ハルヒの消失 ~第七章~』 コミックス第9巻に収録第39話『涼宮ハルヒの消失 ~第八章~』 第40話『涼宮ハルヒの消失 ~第九章~』 第41話『涼宮ハルヒの消失 ~第十章~』 第42話『涼宮ハルヒの消失 ~最終章~』 番外編『涼宮ハルヒの消失 ~エピローグ~』(漫画オリジナル、鶴屋さんが参加する原作の鍋パーティーはこの後の巻で、雪山症候群で別に描かれるが、この話ではSOS団だけの鍋パーティー) ぷよ版 涼宮ハルヒちゃんの憂鬱コミックス第3巻に収録? 涼宮ハルヒの消失のパロディ少年エース連載第17回、2009年1月号(ピンときました、この展開。(非4コマ)-幕間『みくるちゃんの憂鬱』-幕間『鶴屋さんの憂鬱』-ピンときました、この展開。(非4コマ続き)-幕間『涼宮ハルヒちゃんの憂鬱-幕間『古泉一樹の消失』-ピンときました、この展開。(非4コマ続き)) 登場キャラクター(原作のみ登場) キョン 涼宮ハルヒ 長門有希 朝比奈みくる 古泉一樹 鶴屋さん シャミセン 朝倉涼子 谷口 国木田 キョンの妹 あらすじ 12月18日、ハルヒはクリスマスパーティを企画し、部室を彩り朝比奈みくるをサンタクロースに着替えさせる。ここまでは日常風景だった。 だが、翌日の12月19日、キョンは信じられない事実を目撃する。朝学校に来てみると、クラスでは風邪が蔓延していた。昨日まではそうではなかったのに。その上、キョンの後ろの席も、なぜかぽっかり空いていた。そしてキョンは、とんでもないものを目撃する。昼休み、女子の歓声の中教室に入ってきたのは、なんと五月に長門が消滅させたはずの朝倉涼子だった!そして、その朝倉の席は、キョンの後ろだという。キョンの後ろとは、ハルヒの特等席ではないか。そう言ったキョンに国木田がとんでもない発言をする。「涼宮ハルヒ?誰だい、それ。」 後に繋がる伏線・謎 事件の約1ヶ月後(1月2日)、長門の暴走を停めにキョンがみくる、長門と共に去年の12月19日に時間遡行(涼宮ハルヒの陰謀にて)。 上述で再消滅させたはずの朝倉が教室に入ってくる。(その上キョンを抹殺しようとした記憶もない(とぼけてるだけ?)) 刊行順 ←第3巻『涼宮ハルヒの退屈(原作)』↑第4巻『涼宮ハルヒの消失』↑第5巻『涼宮ハルヒの暴走』→
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1023.html
第三章 7月7日…とうとうこの日が来てしまった。 俺は何の対策も考えていない。 何かいい考えは無いかと考えている間に午前の授業が終わった。 昼飯は一年の時と同様谷口や国木田と食べている。 卵焼きを突いていた谷口がこんなことを言い出した。 「涼宮って去年の7月7日おかしくなかったか?俺学校の帰り道で東中の前通るんだけどさ、 俺去年の七夕の日学校が終わってゲーセンによってから帰ったんだ。たしか8時ごろ、 東中の前を通ったら涼宮が校庭でずっと立ってたんだ、しかも雨が降ってたのに傘もささずに。あれなんか意味あるのか?あいつのやることはやっぱよくわからん。」 「ふ~ん、そうか」俺は平然を装った。なんとなく動揺しているのを見られるのはまずい気がした。 心の中では適当に済ませばいいなんて考えていた俺をもう一人の俺が殴っていた。俗に言う心の中の天使と悪魔と言うやつである。 そして悪魔のほうが天使にぶっ飛ばされたわけだが、天使が勝ったところでどうにかなるわけでもなく俺は途方に暮れていた。 午後の授業もあっという間に過ぎ、とうとう部活の時間だ、今日だけはあいつと顔を合わせたくないのだが行かないほうがめんどくさいことになる気がするので文芸部室へと足を運んだ。 すると足取りが重かったせいか俺が部室に着く時には全員がそろっていてハルヒが嫌な笑みを浮かべた。 この瞬間俺は背筋が凍りつくような寒気を感じた。 このときの俺はこれから何が起こるかなんて知るよしも無かった。 ハルヒは全員がそろったと言うことでこう言った。 「今日は七夕で不思議も油断しているかもしれないわ!今日はこれから久しぶりに市内探索しましょ!!」 なんだって?最近驚いてばかりってのに驚きだ。市内探索?今から? 実は今までに5回市内探索が行われたのだが、結局一度もハルヒとなることは無かった。 そしてハルヒは例のごとくどこにしまっていたのか爪楊枝を取り出し例のごとく俺たちは爪楊枝を引いた、 そして驚いたなんと俺とハルヒがペアになっていたのである。 その瞬間明らかに長門、古泉両名の顔が明らかにゆがんだ。 ハルヒは言った。「何であんたとペアなのよ。まあいいわ、足手まといにならないようにしなさいよ!」いかにもハルヒらしい発言が聞けて俺は安心した。 「わかってるよ。」そう言い返しておいた。俺はなんかうれしいかった、それが何故かはわからないが。 そして夕方5時過ぎに俺とハルヒは学校を出た、そして行くあてはあるのかと聞いてみたするとハルヒは当然のように「東中。」 俺はそうか何しに行くんだ?とわざと聞いてみた。 するとちょっと怒ったように「あんた昨日の話聞いてたの?あたしは人を探しているのよ!」と答えるハルヒ。 俺は何故か行ったらまずい様な気がした、しかし断る理由も無く、思いつきもしなかったため「冗談だ、なら急ごう」そう言ってハルヒの前を歩いた。 北校から中学まで30分ほどで着いた。着いたはいいがまだ部活やら補修やらで残っている生徒がいるようだこれでは中に入れない。 「どうする?ハルヒ。」と聞いてみる。 「そうね、今入るのはまずいわねどこかで時間を潰しましょう。近くにちょうどいい公園があるわ、そこに行きましょう。」 あの変わり者のメッカか…こいつも好きらしいな断る理由も無い。 「わかった。」と答えた。 公園に着くと二人でベンチに座った。傍から見れば完全にカップルだ。 お似合いに見えるかは置いといてだな。 「だいだい8時ぐらいまでは待ってなきゃだめだろうな。」と俺。 「そうね、後2時間ぐらいね」とハルヒ。 「なんか話しでもするか。」 そして俺たちはしゃべり続けた。 新しいクラスがつまらないこと、朝比奈さんのコスプレ衣装の希望、これからのSOS団の活動内容について、新しい担任がむかつく事 そしてあっという間に2時間が過ぎた。 ハルヒが時計を確認し「そろそろ時間よ、行きましょう」そして後についていく俺。 学校に着くとさすがに真っ暗で携帯のライトで周りを照らした。 そしてこの後俺は信じられない光景を目の当たりにする ハルヒがライトを向け俺の名前を呼ぼうとしたときだ。 「キョ… 涼宮ハルヒがいきなり倒れたのだ、俺は焦った。 こんなに焦ったのはハルヒが消失しちまったとき以来だ。 焦りながらも俺は古泉に電話を掛けた、後から考えればナイスな判断だったと思う。 「古泉!!ハルヒが倒れた!!!!」 「どうしました落ち着いて下さい。」 「北校でハルヒが倒れたんだよ!!」 「わかりました15分…いや10分で向かわせます。」 「わかった。早くしてくれ」 こんな感じだったと思う、あまり覚えていない。 たぶん10分ぐらいで救急車が着たんだろうが俺には3倍ぐらい長く思えた。 そして機関御用達の病院にハルヒは検査入院ということで入院した 第四章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/986.html
9月11日 いつものように朝が訪れる。 朝比奈さん(長門)が言っていた元に戻せるようになる時まであと24時間を切った。 俺は鏡の前で最高の笑顔を作ってみた。 鏡に写る例の古泉スマイルともようやく今日でお別れである。 天候は快晴。 この調子なら今夜の満月はきっと綺麗なことだろう。 俺は軽快なステップで学校へと続く長い坂道を登っていった。 昼休み。 いつものように古泉(俺)の周りに集まる女子の群れ。 当然今日も俺は弁当など用意していない。 だが食いきれないほどの昼食が俺の目の前にある。 なんで古泉がこんなにモテるのかは知らないが、 これは古泉が特定の彼女を作っていないことも原因の1つであろうだろう。 谷口にこの状況を分けてやりたいぜ。 特に何事もなく時間は過ぎていった。 俺は古泉として振舞うことにもうそれほどの苦痛を感じていなかった。 もうこれで最後と思えばこそ最後くらいより古泉らしく演じてみようという気にもなっていたからだ。 放課後──。 部室に委員長を連れていき今日参加するメンバーを待った。 長門(古泉)、朝比奈さん(長門)、鶴屋さんが来て、 最後にハルヒ、俺(朝比奈さん)の後から 谷口、国木田までついてきた。 「す、すいません……どうしても来たいって言ってたので……」 俺(朝比奈さん)がとてもすまなそうに委員長に謝っていた。 「いえいえ、お友達の方もぜひ一緒に来て下さい。 人数が多い方がきっと楽しいでしょうから」 委員長の人の良さには頭が下がる。 「あら、あなたがわたしたちSOS団を今日のパーティーに招待してくれた子? でかしたわ! じゃんじゃんお呼ばれしてあげるわ!」 ハルヒは遠慮というものを知らないのか、 初対面の委員長の頭をなでなでしながら喜んでいた。 「いや~、朝比奈さん今日の制服も素敵ですね。 あ、僕谷口です。いつぞやの野球大会のときのことは覚えていますか? そう、あのとき貴重なホームランを打ったあの谷口です!」 朝比奈さん(長門)は少しだけ谷口の方を向いたが、 何も得るものがないと判断したか、完全無視という選択肢を選んだ。 「ちょっとキョン。 わたしたちはこれから浴衣に着替えるからあんた達は外に出てなさい」 ん……お、おい! 長門(古泉)! お前もまさか一緒に着替えるとかいうんじゃないだろうな! 「あったりまえでしょ。 みんなで着なきゃ着付けるのも難しいんだからね」 そうじゃない……その長門の中身は古泉なんだ…… ハルヒは俺達男供を投げるように追い出した。 「おわーっ! 相変わらずみくるのおっぱいすっごいねぇ~。 こんなに大きくしていったい地球をどうするつもりさ~?」 「……」 「こらー有希! なんでそんな端っこで着替えてるの! もっとこっちで着替えなさいってっば!」 「え、いや……わたしはここでいい……、あ、ダメ。 ちょ、じ、自分でやる……自分でやるから……」 官能的なやりとりが扉の向こうで繰り広げられているのを、 谷口がじっと耳を凝らしながら聞いていた。 俺もひそかに聞き耳を立てていたのは別に男として自然なことだろう。 「じゃーん! どう?」 数分後、浴衣姿でハルヒが登場した。 「とてもお似合いですよ」 別にお世辞ではない。 ハルヒの浴衣はつい先日の夏休みのときの物であった。 鶴屋さんの浴衣もスレンダーな体にピタッと合っていてこれまた絶品である。 委員長の浴衣も質素な色合いでありながらよく持ち主を引き立てている。 いかにも和服美人といった様相でお似合いである。 長門(古泉)の顔がかなりのニヤケ面で固まっている。 さすがの古泉でも応えたか。 この話はあとで詳しく取り調べさせていただこうか。 「月見といったら浴衣よね。 でも月見には餅つきをするウサギさんも欠かせない要素だと思うの」 そう言われて最後に現れた朝比奈さん(長門)だけは なんとバニーガール姿である。 「………」 朝比奈さん(長門)は自分の大きく開いた胸元のあたりがスースーするのを気にしている様子である。 「うおぉぉぉぉ~~!」 谷口の鼻の下がみるみるうちに伸びていった。 「うぅぅ~……」 俺(朝比奈さん)だけが何か言いたそうにしていた。 これから委員長の家まで歩いていくのにその格好はないだろ…… でも……正直たまりません。 それにしてもハルヒが大きな2つの袋を持っているのが気になった。 「涼宮さん、その2つの袋はいったい……? もう片方はさっき着ていた制服でしょうけど」 「ああ、これ? これはね、うっふっふっふ……内緒よ! 気にしないで。 それでは…レッツゴーーー!!」 「お、おー……」 案内された委員長の家はそれはそれはわかりやすいくらいの大金持ちって感じの家であった。 庭は俺ん家が200個くらい入りそうなほどでかく、 広大な池の中には100匹ほどの色とりどりの錦鯉が泳いでいた。 遠くに見える洋風の屋敷もなかなか壮大な雰囲気である。 なるほど、これならパーティー会場にはもってこいといった感じだ。 一瞬たじろぐメンバーたちを尻目に、 ハルヒと鶴屋さんはいかにも自分の家のようにスタスタと中へ入っていった。 なんであなたたちはこんな屋敷に無料で招待されて平気な顔が出来るんだ。 それに呼ばれたのは古泉(俺)だろうが! それを差し置いて入るなっつの。 でっかい洋間に通された俺達ではあったが、 まだ夜までは時間が少しあった。 俺達はゲームをしたり、 パーティー用の食事を作るのを手伝ったりして時を過ごした。 「……そして、こうしてピンポン玉くらいの大きさに丸めるんです」 委員長に習いながらみんなでお月見団子を作ってみたりもした。 ハルヒはごつくてデカいだんごを作り、 朝比奈さん(長門)は完全に均一性の取れたまんまるのおだんごを作った。 俺(朝比奈さん)は小さくてかわいいおだんご。 長門(古泉)は普通のただの丸いおだんご。 鶴屋さんは一つ一つのおだんごをウサギさんやらネコさんやらの形にしていた。 みんなで無計画につくるもんだから 形もバラバラでとんでもない数のおだんごになった。 どうやったら食べ切れるんだろうか。 そして全部の準備が整って、 空に満月が浮かんだのを確認していよいよパーティーが始まった。 庭に置かれた大小のテーブルの上には豪華絢爛、 目を奪わんばかりの食事が所狭しと並べられていた。 「じゃあ、みなさんどうぞごゆっくりご自由にお楽しみください」 委員長の一声と共にいっせいにみんなが料理へと飛びついた。 まず長門(古泉)が手始めとして場を盛り上げると言い出した。 長門(古泉)はコインマジックを披露した。 長テーブルの上にコップを置いてその中にコインを二枚入れる。 その上からさらにコップをかぶせ、上から布で覆いつくす。 長門(古泉)が口元でボソボソと呪文を唱え、 「……物質転送完了」 の声と共に布とコップを1回転させ、布をはずすと…… なんと2つに重ねられたコップの上の段と下の段に1枚ずつのコインが入っている。 コインが一枚上のコップの中へと移動しているのだ。 「すっごーい! 有希って実は超能力者か宇宙人!?」 ハルヒは素直に感動して大きな拍手をしていた。 よくある手品なんだろうが、俺もどういう仕掛けになっているのかわからないのでこれは素直に凄いと思った。 次の手品はスプーンマジックだった。 ハルヒにスプーンを持たせ、その上から布をかぶせる。 また長門(古泉)が口元でボソボソと呪文を唱え、 「……マッガーレ!」 の声と共に布を取るとハルヒの持っていたスプーンが手も触れていないのにくにゃりと曲がっていた。 「すごぉっ!!」 会場にいたみんなが拍手喝さいを長門(古泉)に送った。 俺(朝比奈さん)が手品に使った布を何度も裏返しながら不思議そうな顔をしていた。 谷口と国木田のくだらない即席漫才を聞きながら、 少し落ち着いた場の空気を尻目に朝比奈さん(長門)が俺のそばで問いかけてきた。 「今回の涼宮ハルヒの行動の意味がわからない。 食事を取らなければ人は死んでしまうと聞いている」 昨日までのハルヒのダイエットのことだろう。 「わたしも食事という形でわざわざ栄養を取る必要は無いが、 人間の生活形態にあわせていつも食事をとることにしている。 少なすぎるといけないから体の容量よりも常に多めに取っている。 それなのになぜ涼宮ハルヒはわざわざ食事を制限していたのか」 「ハルヒはな……痩せたかったんだよ」 「だからそれはなぜ? 痩せるということは飢えるということ。 彼女にとって得るものは何も無い。 それに彼女の体型は人種の平均値から見ても痩せ型といえる。 なぜ?」 うーん、なぜって言われてもな。 俺にはわからんよやっぱり。 女心ってやつは。 宇宙人製アンドロイドのお前だっていつかはわかる時がくるさ。 朝比奈さん(長門)の順番が回ってきた。 女の子達は別にやらなくてもいいと言ったが、 「やる」 といって聞かなかったのでやらせてみることにした。 長門(古泉)がさっき手品をやったようにこいつも手品(ズル)でもやるのかと思いきや、 「少し準備する」 といって朝比奈さん(長門)はさきほど自分たちで作ったおだんごを大量に机の上に並べ始めた。 大皿に山と積まれたおだんごの前に座り、 「全部で300個ある。 5分で全て食べきる」 と言ったとたん、だんごを口に入れ始めた。 ひとつずつ着実にではあるが、 掃除機のような物凄い勢いであの朝比奈さん(長門)の小さな口に吸い込まれていく。 俺(朝比奈さん)がそれを見て少し青ざめている。 明日朝比奈さんが体調を崩してなければいいのだが。 見事4分58秒で全て平らげた朝比奈さん(長門)は誇らしげに少しだけうなづいた。 それをみた鶴屋さんはまたなぜか大爆笑していた。 「あっははははっ! み、みくる~~っ! あんたそんなキャラじゃないさ~! 無っ責任だな~! あっははっ! あーっはははーっ!」 どうも鶴屋さんの言動はところどころに意味不明な点がある。 「まだまだお料理はたくさんありますから皆さん遠慮なく召し上がってくださいね」 委員長が庭に置かれた大きなテーブルの上に新たな料理やおだんごを並べに来た。 ハルヒは目の前にうず高く積まれたおだんごの山を見て何か躊躇しているような仕草であった。 俺が少し助け舟を出してやるか。 「涼宮さん。食べた分は動けばいいんです。 明日はスポーツの秋を楽しみましょう。 卓球でもバレーでもサッカーでもアメフトでも受けて立ちますよ」 「言ったわねぇ。古泉くん! その発言にはきちんと責任取ってもらうんだからね! そうね、明日はプロレスなんてどう?」 責任取るのは古泉だからな。 俺はもう知らんぜ、へっへっへ。 ハルヒはおだんごを1つつまんで豪快に一口で飲み込み、 晴れ晴れとしたいつもの笑顔をして親指を立てた。 そして堰を切ったように次々とおだんごへと手を伸ばしていった。 俺も負けじと手を出す。 こういうものは得てして大してうまいものではないのだが、 ハルヒの嬉しそうな表情を見ているだけでなんとなくおいしいような気がしてくる。 ついに俺の宴会芸の順番がやってきた。 俺(朝比奈さん)を連れて前に出る。 演目は昨日決めたばっかりのアレだ。 「えー、彼には朝比奈さんの物まねをやってもらいます。 さあ、どうぞ」 「え、え、う、あ、あの~ふえぇぇ~」 俺(朝比奈さん)がみんなの視線ですっかり赤くなり、 ついにはしゃがみこんでしまった。 それを見てみんながどっと笑う。 特に鶴屋さんは腹を抱えて笑っている。 こういうのは笑いにつられるというものがあるから、 たとえつまらなくても彼女のように大笑いしてくれる人がいると助かる。 いや、それにしても本当にこの俺(朝比奈さん)の物真似は完璧だね。 なんせ本人がやってるんだからな。 それにこうすることによって最近の俺(朝比奈さん)の挙動のおかしかった点の言い訳が成り立つ。 つまり物真似の練習だったといえばいい。 ハルヒはそれを見てニンマリと笑い、 さきほどから気になっていた袋から衣装を取り出して俺(朝比奈さん)に渡して命令した。 「なんとなくこう来るのは予想してたのよね。 キョン! これを着てもーっとみくるちゃんに近づきなさい!」 ハルヒが取り出した衣装。 それは見たことのある形状をしていた。 赤くて小さい布地、網タイツ、蝶ネクタイに、シッポおよびカフス、そしてウサギ耳。 待て待て待て待て待て! どこからどう見てもバニー衣装だ。 おかしい。さっきから朝比奈さん(長門)が赤いバニー衣装を着ているから、 同じタイプのバニーは部室にはないはずだ。 「ああ、これ買ったの。この前の大食い大会の商品券で」 こんなことに使われるとは思いもよらなかった。 ハルヒが右手にデジカメを構えて100Wの笑顔を見せた。 やれやれ。 こういう笑顔のハルヒには逆らえん。 「あ、古泉くんの分もあるからね」 ……はい? 古泉の物真似と関係ねえだろ! それを聞いて長門(古泉)が少し青ざめた表情をしていた。 見ると俺(朝比奈さん)はすでにハルヒに無理やり着替えさせられていた。 大きめのサイズにしてあるといってもそこは女性用だ。 あきらかに胸の部分の布地が足りず、 エロティックがあふれ出ていた。 股間のモッコリも目に余る醜態である。 「さあ! 早く着替えて! なんならあたしが着替えを手伝ってあげようか?」 ウサギ耳を振り回しながらニヤニヤとハルヒが笑った。 その後の展開は言うまでも無いだろう。 バニーガールの衣装を着た古泉(俺)と俺(朝比奈さん)が、 二人仲良く物真似芸を披露しながら周りを爆笑の渦に巻き込んでいた。 恥ずかしさと情けなさで涙が出そうだ。 実際俺(朝比奈さん)のほうはとっくにもう泣きじゃくっている。 その姿がまた朝比奈さんらしくておかしさをかもし出している。 最後に全員で記念撮影し、 俺たちの恥辱は歴史に永遠に刻まれることとなった。 そうこうしているうちに時間が経ち、 お月見パーティーはお開きとなった。 委員長とその家族にお礼を言って俺達は帰路についた。 ハルヒは歩きながら丸く空に浮かぶ満月を見て何か哀愁のようなものを漂わせていた。 こうして黙って上を見上げている仕草を見ると、 なかなかのいい女に見えてくるから不思議だ。 「あたしさぁ……昔、月面にはきっと何か生物がいるって信じてたのよね」 「おや? 今は信じていないんですか? 涼宮さんにしてはずいぶん一般常識的な意見ですね。 よく月にはウサギが住んでいてオモチをついているというじゃありませんか」 ちょっとハルヒをからかってみる。 「何言ってるのよ! 子供じゃないんだからね! 月面に生物がいないことくらいは見ればわかるじゃない」 少しムキになりながらハルヒが反論してきた。 そうか、いくらハルヒでもそのくらいの常識はあるんだな。 「月面じゃあ生き物は生きていけないわ! 空気も水もないからね。 だから月の地面の下じゃないとダメなのよ! あれだけの広さだもの! 月の内部にはきっと何かいるはずよ! 月星人は地底に都市を作ってそこで生活してるのよ。 そしていつか地球を我が物にしようと虎視眈々と狙っているに違いないわ」 前言撤回。とことんバカだこいつは。 だが、ハルヒがそんなことを本気で願っているとそんなことが現実に起こりうるから怖い。 もし、月星人とやらがいたとしても俺たちの目の前に現れるのだけは御免こうむりたい。 ハルヒが家に帰るのを見送って、長門(古泉)が話しかけてきた。 「今日は一度も閉鎖空間は出ませんでしたよ。 どうやら僕たちは最悪の事態を乗り切ったようですね」 そういうと俺にホテルの鍵を渡して長門(古泉)は帰っていった。 今日もこのホテルか。 まあいい。早く疲れを取って寝たい。 駅前の公園前の広場についたとき、 隣にいるのは朝比奈さん(長門)だけとなった。 別れ際に朝比奈さん(長門)に確認した。 「長門、明日のいつぐらいになれば元に戻せるんだったっけ?」 「明日の午前6時12分48秒が来ればわたしの情報操作基礎分野と物質転換分野の能力はほぼ完全に修復する。 わたしたちの体に乗り移った情報と機能を全て元の肉体へ転送する。 それを用いればわたしたちは全てを元に戻すことが出来る」 「ってことは明日起きたら俺は自分の家で目を覚ますってことか。 じゃあ、その時間がきたらすぐに戻しておいてくれよな」 朝比奈さん(長門)は小さくコクリと頷いた。 俺は今日も長門(古泉)指定のビジネスホテルで一夜を過ごした。 今日は楽しかった。 ただ、楽しんでいただけだった気がする。 でもこれでよかったんだろう。 そしてやっと古泉の体とおさらば出来る。 短い間だったがご苦労さん。 二度とこんなことは起きないことを願っているよ。 明日になれば俺は自分の部屋で目覚めることだろう。 そしていつもの俺の生活が待っているのだ。 ───… 「うぅ……」 俺は窓から入る強い日差しで目が覚めた。 ホテルの一室にいた。 手元の時計を見ると時間は午前7時を指していた。 いつもならもう一寝入りするところかもしれないが、 俺はそこに一つの疑問を感じていた。 「おいおい……」 なぜ俺はホテルにいるんだ? 急いで洗面所に行き、鏡の前に立つ。 「長門……どういうことだ」 鏡の中に古泉一樹のしょぼくれた顔があった。 朝比奈さん(長門)が言っていた能力の制限は9月12日の午前6時12分に切れるはずだ。 もうその時間をとっくに過ぎている。 まさか朝比奈さん(長門)がまだ寝ているとかそんなオチじゃあるまいな。 どちらにしてもそろそろ俺たちを元に戻してもらわないと今日という一日が始まってしまうんだが。 朝比奈さん(長門)の携帯に電話したが繋がらない。 いつもならすぐに取るくせに。 もしかしたら長門に何かあったのかもしれない。 嫌な予感が頭の中をよぎる。 このホテルは長門のマンションに程近い。 急いで着替えて長門のマンションへ直行した。 オートロックの扉の前で708号に呼びかける。 すぐにプツッという音がして相手に繋がった。 「………」 「長門! 起きてるのか? どうして俺たちがこのままなんだ?」 「………」 「もうお前の言ってた時間は過ぎただろ? もし忘れてたのならすぐに俺たちを元の体に戻してくれ」 「………」 相変わらず朝比奈さん(長門)からの返事は無い。 まさか……… 「長門……まさか元に戻せなくなったとかいう話は無いよな? あの0.0004%がまさに現実になったとかそんなバカなことをいうわけじゃないよな?」 「………」 しばらく無言の空気が流れたあと、 ついに長門の部屋との通話プツッという音と共に切れた。 それ以降何度長門の部屋の番号を押しても繋がらなかった。 どうなってるんだよ長門! お前のその態度は明らかにそれを肯定してるみたいじゃないか! 昨日の話はなんだったんだ。 こうなったら最終手段だ。……早いな最終手段。 幸い今の時間は朝の通勤に出かける人が少なくない。 すぐにサラリーマンらしき中年男性が扉を開けて出てきた。 まるで互いにここの住人であるかのように軽く会釈し、 閉まりそうになった扉にすばやく足を突っ込みストッパー代わりにした。 俺ももうハルヒのことをとやかく言えないな。 708号室の扉は固く閉ざされていた。 明らかにここにいるくせにインターホンを押しても長門は出てこなかった。 何度も扉にこぶしをドンドンと叩きつける。 「長門! 開けてくれ! いるんだろ!?」 ドアを叩きながら大きく叫ぶ。 そのうちに隣の住人が出てきてこちらをじろじろと見てきた。 こんなことに構ってはいられない。 「長門! 長門!」 こぶしが赤く染まり、少し皮がむけてきたところで ようやくカチャリという音がして小さく扉が開いた。 「……入って」 朝比奈さん(長門)がうつむき加減で俺を部屋の中へと誘導した。 「長門、これはいったいどういうことなんだ? なんで俺がまだ古泉のままなんだ。 お前にしてもそうだ。朝比奈さんになったままじゃないか。 昨日約束しただろ? 時間がきたらすぐに元に戻すって。 本当に俺たちを元に戻すことが出来なくなったのか?」 朝比奈さん(長門)は何も答えず、無言のまま奥の部屋へと進んでいく。 後をついて行きながらも、俺はさっきから目のやり場に困っていた。 朝比奈さん(長門)はなんと昨日の夜と同じバニー姿だった。 しかもきちんとウサギ耳まで頭に乗っけている。 よっぽどこの服を気に入ったのか、 いや、もしかしたらただ単に昨日から着替えていないだけかもしれない。 それもそれでどうかと思うが。 俺はリビングのコタツ机の前に座った。 バニー服の朝比奈さん(長門)は台所から持ってきた急須で茶碗にお茶を注いで俺の前に差し出した。 俺はお茶には手をつけず朝比奈さん(長門)の答えを待った。 しばらくして、朝比奈さん(長門)はゆっくりと話し出した。 「朝比奈みくるから来るエラーの蓄積量については予想される範囲内で収まった。 制限されていたわたしの能力は同期に関するごく一部の能力を除いてほぼ完全に修復した。 わたしたちを元に戻すことは可能」 よかった……。 元に戻ることはできるのだそうだ。 この朝比奈さん(長門)が言うんだからそれは嘘では無いだろう。 だがそれでも元に戻そうとしないのは朝比奈さん(長門)の意思であるのに相違ない。 いったいなぜ? 「元に戻すことは出来る。 ただし、もし元に戻すとこれから先、 わたしの身に起こる異常事態に私自身が対処することが不可能になる」 「異常事態?」 「わたし内部に今膨大なエラーが蓄積された状態になっている。 12月18日にこれらが引き金となって異常動作を引き起こすことが確実となっている」 これから先に起こる自分の異常動作まで知っているのか。 しかも日付まできちんとわかっているらしい。 「わたしのこの異常動作により、あなたは元よりこの世界の全ての事象に多大な影響を及ぼすだろう。 特にあなたは世界でただ一人その時空改変から取り残された者として、 その時空改変の修正を行わなければならない」 俺だけ取り残される時空改変? しかも俺がそれを直さなければいけないというのだから、 全く想像もできない。 長門の力も借りずにどうやってそんな時空改変とやらを行えというのだ。 俺にそんな力は無いぞ。 「それはいったいどんな出来事なんだ?」 「詳しくは説明できない。 その時代のわたしには同期できないので詳細は不明。 説明したところであなたの記憶を消去しなくてはならない。 なぜならこれはこの世界における不可避な規定事項であるから。 たとえ今消去しなくてもいずれ異常動作を引き起こしたわたしにより、 あなたの記憶から消去されるであろう」 長門は人の記憶もあっさりと消したりできる存在だったのか。 相変わらず恐ろしい能力の持ち主だ。 「その異常動作はすでに未来からの情報により知りえていたが、 どのような原因で引き起こされるのかは不明だった。 過去それについての回避行動が、 考えられる全ての原因に対してさまざまな方法で施されていた。 しかしどのような方法を用いてもその異常動作を回避するに至らなかった。 なぜならそもそもその異常動作が引き起こされる可能性すら見つけ出すことが出来なかったから」 つまり長門はだいぶ前から未来との通信で異常動作が起こることに気づいていて、 それではまずいと思い、いろいろと考えてきたわけか。 でも未来でそうなるのならどうやっても同じ結果にしかならないんじゃないのか? 「わたしがこの4日間、能力に制限が設けられていたのも実はこの回避行動の一環。 過去の自分によりそのように制限されていたからであった。 あの9月8日、涼宮ハルヒの力によってこの改変が行われたときに、 9月12日までの4日間朝比奈みくるとなって過ごさなければならないように、 自動的に能力を制限するよう時限プログラムが施されていた。 先ほど制限の解除と共にその記憶が蘇った」 なんだって? 長門は自分の力を自分で制限していたというのか。 「朝比奈みくるの姿になることで蓄積されるエラーの中に、 異常動作を回避する可能性を見出していたから。 そして今一つの結論を得るに至った。 いまのわたしはこの朝比奈みくるの姿のままであれば、 蓄積されたエラーが引き金となって異常動作を起こしたくても起こせない。 情報統合思念体との同期による連絡が直接できないというこの状態では、 わたしの能力に限界があるから」 朝比奈さん(長門)は俺から視線を離さずまっすぐと前を向いて話し続けた。 「だがわたしはこの体において能力の制限を受けていたことによって、 逆に本来持つべきではない知識を得た。 それは情報統合思念体より独立することによる可能性。 それによって逆にこれから先のわたしの異常動作はほぼ確実なものとなった。 なぜならわたしは情報統合思念体より独立して行動を起こし、 世界を改変する方法を発見してしまったから。 つまり、今回の騒動こそがわたしの中に積み重ねられていたエラーの引き金となって、 12月18日の異常動作を引き起こすに至る直接的な原因となった。 そしていまが最後の分岐点に来ていることに気づいた」 つまりその12月18日の異常動作を避けようとして逆にそれが避けられなくなったって訳か。 まるで急に道路に飛び出してきて車の目の前で動かなくなるネコのような間の抜けた話だ。 「だが朝比奈みくるによりもたらされた影響により、 わたしの決断がどちらを選んでいいものか揺らいでいる。 世界を元に戻すべきか、それとも元に戻さず12月18日のエラーを回避するべきか」 「なあ、長門……。 朝比奈から受けたその影響ってのは具体的にどんなものなんだ?」 「……朝比奈みくるの中に内存する、 異性としてのあなたに対する気持ち」 一瞬頭の中が凍りついた。 朝比奈さんが俺をいったいどんな気持ちで見ているか知らないが、 あの冷静な長門がここまで混乱を覚えるほどの気持ちを俺に対して抱いているというのだろうか。 しかもその中に異性として俺を意識している部分があると……。 これは非常に気になるところだ。 「あなたに選んで欲しい。 危険を犯してもこの世界を完全に元の姿に戻すか、 あるいはこのままにしてわたしの異常事態を回避するか」 朝比奈さん(長門)が俺に何かを委ねるような視線を送ってくる。 「長門……そんなもの迷うことは無いんだ。 俺や古泉や朝比奈さんは自分の体を持って生きてきた人間なんだ。 長門にはあまり人間体に対する執着はそんなに無いかもしれないが、 俺たちは自分の体というものを持っているんだ。 それは俺たち人間にとっては唯一のものなんだ」 「あなたはこの異常動作の危険性がどれほどのものか知らない。 あなたはその事態に陥ったとききっと後悔……」 「長門!」 俺は朝比奈さん(長門)の言葉をさえぎった。 「お前の言い分はわかった。 でも俺は本当の自分に戻りたいんだ。 朝比奈さんの体だってお前のものじゃない。 古泉だってそうだ。 お前や俺の一存で勝手に決めていいことではないんだ。 それにお前がどんな異常動作を起こすのかは知らないが、 規定事項だってわかっているなら元に戻すしかないじゃないか。 どうせ避けられない事態なんだろ? それはわかっていることじゃないか。 任せとけ。 そのときが来たら俺がなんとかしてやる。 異常動作? 世界改変? なんでもこいだ。 俺が一人で背負わなければならないならその運命さえも背負ってやる」 でもそれは違うんじゃないか? お前は言い訳してるんじゃないのか? 本当はお前は元の姿に戻りたくないんじゃないか? 朝比奈さんの姿が実は相当気に入ってしまったとか言うんじゃないだろうな。 朝比奈さん(長門)は頭の上に乗せたウサギの耳を指でつまんでまた離した。 ピョコンとウサギ耳が頭の上でかわいく揺れる。 「……わからない。 でもわたし個人は元の自分の容姿に戻りたく思っていない」 やっと長門が少し素直な一面を見せた。 自分個人の意見を長門は許されていないのだろうか。 こうやって会話して意思の疎通をするのが本当に疲れる。 「なんでそんなふうに思うんだ……? お前だって自分の体に戻りたかったはずじゃないのか? その体ではいろいろと不便は無いのか?」 一瞬朝比奈さん(長門)の目線が俺の方を向き、 また俺から目線を離してうつむきながら答えた。 「あなたがこの朝比奈みくるの容姿を好んでいるから」 な……なんだって? 俺が朝比奈さんのことが好きだから朝比奈さん(長門)は元に戻りたくないという。 それってつまり……つまり…… この朝比奈さん(長門)は俺に好まれたいと望んでいるわけで…… ……これってある意味遠まわしな告白ってやつか? 俺はこの朝比奈さん(長門)から朝比奈さんと長門、一度に二人分の告白を受けてしまった。 「長門……」 なぜか俺は朝比奈さん(長門)の顔が見れなくなっていた。 だからといって違うところに目をやろうとすると 朝比奈さん(長門)の大きく開いた胸元やふとももに目が奪われそうになる。 「えっと……なんだ。 そ、その……長門にはあのいつもの長門の姿の方が似合うんだよ。 読書好きな寡黙な少女っていう子ならあの姿の方が自然なんだ。 俺はあの長門の方が……そうだな…… わ、わりと好みなんだよ。うん! 俺は断然あっちの方の長門を推すぜ!」 精一杯の言い訳に聞こえるかもしれない。 実際俺は長門の意外な告白にかなり戸惑っていた。 たしかに俺は朝比奈さんのことが好きといえば好きかもしれない。 でも長門のことだって、ハルヒのことだって好きといえば好きなんだ。 あくまでLOVEという意味ではなくLIKEと言う意味でここは考えている。 ああ、俺はいつまでも優柔不断でこんなときになんと答えたらいいかよくわからないバカ男なんだ。 自分の本当の気持ちには気づいているくせにとことん正直になれないんだよ、俺ってヤツは。 長門がうなづいて少しだけ残念そうに答えた。 「そう。 わかった……元に戻す。 しかし、この会話記憶は全て消去する」 「え……!?ちょ…」 長門の声が微かに聞こえたかと思った瞬間、 気づくと俺はベッドの上にいた。 目の前にはよく見慣れた天井。 近くの壁に貼られたポスターは俺が張ったものだ。 そこは俺の部屋だった。 さっきまで俺は長門の部屋にいたような気がするが気のせいだったのだろうか。 起きる寸前朝比奈さん(長門)の声が聞こえたような……。 いや、気のせいだろう。 きっとそんな夢を見ていただけに過ぎない。 現にもう、その夢の内容なんか覚えちゃいないしさ。 今は俺はそんなことより重要なことがあるだろう。 急いで階段を降りて洗面台へと向かう。 眠たそうにハブラシを咥えている妹をどかして、 鏡の正面に立つ。 「ふぇ……ふぉんふんふぉうはひふぁあほ?(キョンくんどうかしたの?)」 ああ、4日ぶりに鏡の中のこの顔に会うことが出来た。 ついにようやく俺は俺の体を取り戻すことができたのだった。 ~~エピローグ~~ 「なあ、あいつらってできてるのか?」 ようやく訪れた俺にとってのいつもの昼休みの時間。 谷口はじーっと2つ隣の席の二人を恨めしそうに横目で見ていた。 後藤と葉山が仲良く1つの机で仲良く弁当を広げていた。 「ああ、あの二人……最近付き合いだしたんだよね。 元々葉山さんは後藤のこと好きだったっみたいだしお似合いのカップルだと思うよ」 そっけなく答えるが、国木田はこういう情報にはやたらと詳しい。 実は谷口以上に男女交際には憧れを抱いているのかもしれない。 それとは対照的に俺たちは男三人で仲良く1つの机を囲んで弁当を食っていた。 昨日までの古泉(俺)のハーレム状態が嘘のようだ。 実際嘘でもなんでもなく今日も古泉はあのハーレムを形成していることだろう。 「はぁ……俺もハーレムとはいかないが、せめてあの二年の朝比奈さんと一緒に弁当を囲んでみたいぜ。 一生に一度でいいからさぁ……」 谷口が弁当の玉子焼きを箸で突き刺して空中でクルクルと回していた。 谷口は知らない。 つい昨日まで、俺の中身がその朝比奈さんであったことを。 よかったな。お前の一生に一度のお願いはもうすでに叶っているぞ。 「ところでキョン。お前は涼宮とは一緒にメシ食ったりしないのか?」 「なんで俺があの女と一緒にメシを食わなきゃならん」 だいいちアイツはほぼ毎日食堂でメシを食う。 俺は弁当組だから一緒に昼飯を食ったことはない。 ……いや、朝比奈さんが俺になった初日に一緒に食堂で食ってたらしいが俺の記憶にはないことだ。 「キョンの俺って一人称……なんだか久しぶりに聞いた気がする。 ここんところずっと女っぽかったのに」 国木田の的確な指摘には何も答えず、 さっさとメシを食い終えた俺は弁当を鞄の中に突っ込み教室を出た。 廊下である人物とすれ違った。 「委員長……」 思わず口に出してしまった。 俺は今もう古泉の姿ではない。 月見パーティーのときに会っているから全くの初対面ではないが、 いきなり声をかけて相手が思い出せるほどの仲とはいえなかった。 「あら。昨日はありがとね」 なぜか頭を下げられる。 俺が何かお礼を言われるようなことをしたのかよくわからない。 むしろこちらこそお礼がしたいところなのだ。 俺は頭を下げてその姿を見送っていた。 食堂にハルヒの姿を見つけた。 ハルヒは大盛りの日替わり定食とカツどんとカレーにざるそばという、 見ているだけで胸焼けのしそうな組み合わせの昼飯をものすごい勢いでかっこんでいる。 「ふぁ、ひょん(キョン)。はんはもほうははふほふ?(あんたも今日は学食?)」 いや、もう食った。 それよりも物を食いながらしゃべるな。汚い。 「なによ。あんたに分けてあげる分は無いわよ」 ああ、そうしてくれ。 ハルヒはあれだけあった目の前の食事を綺麗に平らげて両手を合わせた。 「ふぅ、ごちそうさま」 だがまだ食い足りないのか食堂の券売機の方を見て買い足しに行こうか迷っているようなそぶりである。 本当にこいつがダイエットなんて考えたのか信じられないような様相だ。 「ハルヒ、何事も腹八分がいいと言うだろ」 「じゃあ、もう少し食べてもいいって訳ね」 ハルヒは嬉しそうに笑うと券売機の方へと向かっていった。 まだ八分に到達していないってのか。 やれやれ。 放課後、部室に入ると珍しく古泉が一人で本を読んでいた。 「やあこんにちは。 今回あなたにはだいぶ助けていただきました。 おかげでこうして元の姿を取り戻せました。 心からお礼申し上げますよ」 俺はこの前こいつの体に入っていたんだなぁと、 なぜか懐かしさを感じながらパイプ椅子を組んだ。 「なあ、古泉。長門になってみていつもと一番変わった点は何だった?」 「そうですねえ……スカートがスースーするってことくらいですよ。 せっかくの貴重な体験だったんですけどそれを楽しむような余裕はありませんでしたよ」 ハハッとわざとらしくハニカミながら答えて笑う古泉の姿を見て、 ようやく俺が古泉でなくなったということを実感できた。 「お前になってて感じたんだが、委員長はお前のことが好きなんじゃないか? なんかそんな感じだったが」 「ああ、僕の後ろの席にいるあの子のことですか? まさか……彼女は僕に好意など抱いていませんよ」 「なぜそんなことが言い切れる。 毎日お前の分の弁当を用意してくるし、 わざわざお月見パーティーにまで招待してくれたし、 俺が忘れた宿題だって見せてくれたぞ。 何の好意も持たない人間がこうまでするか」 「もしそう感じたのなら中身を好きになったのかもしれませんよ。フフ……」 んなわけあるか。 初日からあんな態度だったわい。 「じゃあ、彼女はもしかして『機関』の人間か?」 「ほほう……どうしてそんなことを考えるのですか?」 そうでなければおかしいだろう。お前が授業中に呆けていたりするようなキャラだったらわかるが。 「ふふふ、残念ながら違いますよ。彼女は『機関』の人間ではありません。 ですが『機関』とは全くの無関係とは言えないかもしれませんね 『機関』の知り合いの知り合いというだけで莫大な数の人間がその範囲内に入るのですから。 それだけ僕の所属している『機関』は無関係という関係はありえないくらい巨大な包囲網を持っているのですよ 本当のことはこれ以上言えません。でもどうしても知りたいですか?」 どうせ聞いても本当のことは教えてくれないんだろ。だからあえてこれ以上は追求しないよ。 「たとえば……そうですね。こんな風には考えられなくは無いですか? ……昨日の日付は覚えてますか?」 「9月11日だろ」 「それです。その日付がどんな意味のある日であるかはあなたもよくご存知のはずです」 9・11……もしかして……。 数年前、あのアメリカで起こった歴史的出来事の日。 おそらくこれから先の現代史の歴史の教科書には深々とその名が刻まれるであろうあの事件の起こった日が、 偶然にも昨日の日付とぴったりと同じであった。 「その日がたまたま世界最後の日と重なるということも考えられなくはありませんでした。 涼宮さんの考えそうなストーリーですから」 「それで委員長にも協力を要請したってわけか。 そうやって俺をうまくハルヒに誘導させようとした、と」 「いえ、別にそうとは言ってません。 もしかしたらそんな風な考え方もできなくはないのでは?と言いたかっただけなのですよ。 そう簡単に僕が本当のことを言うと思いましたか? どっちにしてもお月見パーティーが今回の解決のきっかけにはなりませんでしたしね」 明らかに関与を認めているようなくせしてきっちり最後にしらばっくれやがった。 まあ、その方が古泉らしくていいだろう。 それにしても、さっきから古泉が読んでいるハードカバーが妙に気になる。 「これですか?いえね、そこの本棚に置いたあったのですが、 読んでみるとこれが意外に面白いんですよ。」 すっと本を持ち上げてタイトルを俺に見せた。 睡眠薬のようなカタカナがゴシック体で踊っていた。 ああ……知っている。 これはSOS団創立当時に長門が俺に読めと渡してきたSF長編だ。 俺も2週間かけてそれを読んだが、 結局のところその本の真髄は全く理解することが出来なかった。 少なくとも高校生にオススメできる本ではないと思う。 「なあ、その本は特にどの辺が面白いんだ?」 古泉はちょっとだけ考えるような仕草をして答えた。 「う~ん、そうですねぇ。よくよく考えると変なお話なんですよね。 文章は説明不足でわかりにくいですし、話の構成も下手ですね。 あとこういうジャンルのお話は、僕はあまり好みとは言えないんですけどね。 でも読んでいると不思議と心が踊るといいますか…… 懐かしい気持ちにさせてくれたりして。 そういえばなんで面白いんでしょうかね。 まあ、しいて一言でいえば……」 またしばらく悩んで一言だけ答えた。 「……ユニーク」 ──数日後。 いつものように文芸部の部室に集まった5人は特にすることもなくただ個人個人の好きな時間を過ごしていた。 朝比奈さんがいつものようにお茶を入れてくれたお茶を飲む。 いつものあの朝比奈さんの味がする。 部室に飾られているハンガーラック。そこには今まで朝比奈さんが着た衣装の数々が並べられている。 そこに新たにブレザーが加わっていた。 そういえばあの入れ替え初日、俺たち四人が長門の家に集まったとき 『機関』が朝比奈さんに渡したブレザーが余っていたのだ。 もしかしたらいつかまた着てみる機会があれば着てみたいという気持ちがどこかにあるのだろうか。 朝比奈さんの方を見つめつつ俺は一つの懸案事項に頭を悩ませていた。 彼女は俺の秘密を知っている。 俺の秘密、それは男の秘密。 ベッドの下のダンボールの底の方に大事に隠されているビデオや本のことだ。 俺が元の体に戻ったその日、 それら全てが姿をくらましている事に気づいてしまった。 もしかしたら親が見つけたのかもしれないが、 うちの親だったらそのことで必ず俺に説教してくるはずだ。 どちらにしても朝比奈さんは俺の秘密を知ってしまったはずだ。 しかし朝比奈さんの素振りはそんなことはまるでなかったかのように俺に接している。 本当に俺のあの宝物を見たのか、それとも知らないのか。 なんとしても真相を知りたいがもちろん朝比奈さんにそんなことを聞くことなど出来ない。 一生朝比奈さんの胸のうちに仕舞っていてくれることを祈る。 「ようやく1キロ減ったわ。なんで体重って全然減らないのかしら」 結局ハルヒのダイエットは完全にやめさせることは出来なかった。 だが俺は一つだけ条件をつけるようにハルヒに約束させたのだ。 それは、隠れてダイエットをしないこと。 もしダイエットをしたいのならみんなで協力して痩せていこうという話だったのだ。 ハルヒも馬鹿正直なところがあるのか、 それとも自分の努力を認めて欲しいのか、 1キロ太っただの痩せただのという話をいちいち俺たちに聞かせてくるようになった。 体重の話題が普通の話題になったおかげで部室内では体重の話はそんなに禁句ではなくなった。 それにしてもいつもあれだけ昼間食っていてよく1キロも痩せるもんだ。 こいつは一日にいったいどれだけのカロリーを消費しているのだろうか。 「みくるちゃんはこの前量ったときは前よりさらに2キロも太ってたのよね。 だからみくるちゃんまであと1キロよ!」 「ちょ、ちょっとなんでバラすんですか~? 絶対言わないって約束したのにぃ~。 それにもうわたしそんなに太ってないです~」 「な、なあんですってー! じゃあ今何キロなのよ! 教えなさい! あ、こら逃げないの! ちょっとキョン! みくるちゃんを抑えて! そこの体重計で量るから!」 「ふぇぇ~ん」 たしかに朝比奈さんが元に戻ったときは少しふっくらしていた。 もちろん本物の朝比奈さんには責任はない。 この前の大食い大会もそうだが、だんご300個の早食いをしたりしたのは長門の仕業なのだ。 それに長門のことだから普段の食事の量だってかなり多めになっていたのではないか? たったの4日で2キロも太るのはなかなか出来ることじゃない。 長門の方を見ると自分のせいじゃないとばかりにひたすらに無言で本を読み耽っていた。 今回の騒動でまた最後は長門の力に頼ってしまったな。 元に戻れたのはお前のおかげだからな。 元に戻せないかもと言われたときはひやひやしたが 結局なんでもなかったみたいだしな。 いや、よかったよかった。 窓の外をみると外の景色が少し赤みを帯びてきていた。 この街にも本格的に秋が訪れようとしていた。 「あれ? おかしいわね。たしかに昨日冷蔵庫に入れたはずなんだけど……」 ハルヒはさきほどから部室の冷蔵庫の中の物を掻き出しながら『あるもの』を探していた。 その『あるもの』は卵、牛乳、砂糖、カラメルなどをたっぷりと含んだ あま~く高カロリーなお菓子である。 「ちょっとぉ、どうしてないのよ! たしかにこの中に置いてたはずなのに!」 ハルヒのこの宝探しは徒労に終わるに違いない。 なんせお前の探しているものは俺の胃の中にある。 ハルヒが手を止めてじろっとこちらを睨んでいる。 むしろ感謝して欲しいぜ。 少しはお前のダイエットに協力してやったんだからな。 「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」 ──涼宮ハルヒの中秋── ──完──
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3308.html
ハルヒによってSOS団に引きずりこまれてから一年が経過しようとしていた。 今ではもうすっかり未来人、宇宙人、超能力者、そして神様と一緒に過ごすことに慣れてしまった。 周りからは既に俺も変人軍団の仲間として見られるようになっていた。 まあそれでもいいと思っていたし、この非日常な存在に囲まれた日常を享受し続けるのもいいと思っていた。 だが、変化っつーものは突然やってくるもんなんだな。 その変化は、例によっていつものように、ハルヒから始まった。 朝、俺はダルいハイキングコースを昇りきり、学校へと辿り着いた。 あんだけ長い坂を歩くんだから、校門で飲み物の支給ぐらいあってしかるべきだと思うんだよな。 まあそれはいいとして、いつものように教室に入り、いつものようにハルヒに声をかける。 「よう。」 「……おはよ。」 だがハルヒの返答は、いつもの30%程度の元気しか無かった。 なんというか、SOS団を作る前の雰囲気に似ている。 「どうした、元気無いように見えるが。」 「……別に。」 全然「別に。」じゃないな。だがこれは触らぬ神に祟りなしな雰囲気だ。 こちらから下手にツッコむのはやめた方がいいな。くわばらくわばら。 「ねえ。」 と、触れないぞと俺が決心したと同時に、ハルヒが声をかけてくる。 結局、祟りは俺に来るんだよなあ。 「アンタ、確か2時間目体育でマラソンよね?」 「ああそうだ。今から憂鬱で仕方が無い。雨でも降ってくんないかねえ。」 ハルヒはそれを聞くと、不敵な笑みを浮かべた。 「降らせてあげようか。」 え? 今の言葉に俺はギョッとした。 何故ならコイツは、マジでそうすることが可能だからだ。 最も、コイツ自身は自分にそんな能力が備わってることは知らない。知らないはずだが…… 「何変な顔してるのよ、キョン。」 え?あ、すまん。ちょっとボーっとしていたようだ。 降らせてくれるのか?出来るなら頼みたいものだ。 「バーカ、冗談よ。あたしにそんなこと出来るわけないでしょ?」 そう言ったハルヒはいつもの笑顔だった。 俺の考えすぎか。そうだよな、コイツはただいつものノリで冗談を言っただけさ。 だが、2時間目。 「おい……マジかよ。」 つい20分前には雲1つ無い快晴だったはずだぞ? なのに何故、今外は大雨になっているんだ。 いくら急な天気変動と言っても限度を超えている。こんなことが出来るのは一人しかいない。 「すごい雨ねえ、キョン。」 ハルヒは笑っていた。まるでその光景が当然であるかのように。 「ハルヒ、まさかお前が……」 「はあ?何言ってるのよ。あ、まさかさっき言ったのを本気にしたの?」 「だが……」 「バカ言わないでよ。あたしにそんなこと出来るわけないでしょ?」 ハルヒは静かに笑った。だがその笑みはいつもの無邪気なものではなかった。 そう、全てを把握した上で、それを楽しんでいる笑み。 「ただの偶然よ。ただの、ね。」 俺は理解した。どんないきさつがあったかは分からない。 だがコイツは……涼宮ハルヒは、知ってしまったんだ。自分に関する、全てを。 続く